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追悼

 投稿者:田中征爾  投稿日:2006年 4月30日(日)18時18分27秒
  J・K・ガルブレイス氏が亡くなったそうです。

Yahoo!ニュース - 共同通信 - J・ガルブレイス氏が死去 代表的な米経済学者

思い返せば、政治経済学に興味を持ち、読めもしないのにたどり着いたのが
『不確実性の時代』と『ゆたかな社会』でございました。現状認識のシビア
さと、人間理性を信頼する将来展望の明るさに、まことに共感を覚えたわけ
であり、当方の研究態度が多分に社会改良主義的になったのもこの方のおか
げであります。

大昔こういう文章を書き付けた記録がありました。十年以上昔の文章ですな。

  資本主義は、国民が何を買うべきかを、様々な手段を通じて示す。ここに、
  ガルブレイスの悲しみがある。まさに、自らを富ませるための商品が、その
  主人たる人間の主として君臨するこの現状。ガダマーは、これを「更に不自
  由になる道」と呼んだ。いつの世にも、矛盾はあり、その弁証法的展開は常
  に我々の理解を、常識を超越する。(95.11.2)

まぁ、妥当性云々は別として、ちょっと初心に返って自分の研究について反省しようと思ったりします。昔の自分はいろいろ考えていたんだなぁ。まずいまずい。

謹んでご冥福をお祈りいたします。
 
 

研究を趣味でやって良いものか

 投稿者:田中征爾  投稿日:2006年 4月25日(火)00時36分27秒
  まぁ、いいんじゃないですか。と、先日「せっかくパワーポイントを使うんだから」と東条英機の生声で「戦陣訓」を流したり、「抜刀隊」と「ダンチョネ節」を一緒に聴かせたりと、およそ傍若無人なことをしてきた当方も、これはどうかな、と思わなくもなかった論文が、


藤本 純子
「ボーイズラブ」小説の変化と現在
-角川ルビー文庫〈一九九二~一九九五・二〇〇〇~二〇〇三〉作品の比較分析から-
待兼論叢 http://www.let.osaka-u.ac.jp/nihongaku/kenkyu.zassi/machikane.html#ma37


であります。

まぁ、想わずとも、この方がそういういわゆる一つのBL系(昔は耽美系と言っていたんですが)がお好きであろうことは分かるのですが(むろん「好き」にもいろいろあるとは思います)、「なんで最初と最後だけで結論が出るんじゃい」と、総ツッコミされることは間違いなく、なにかその間に特殊な断絶でもあれば別なんですが、実際どうであったか、ちゃんと読まないで(一応読んだはずですが)いろいろ書くのは失礼ではあろうとは存じますが、タイトル自体に説得力のない論文は、果たしていかがかと思うわけなのであります。


ねこ娘さま江

おひさしぶりでございます。

>    そういや、大阪市職員は大半が給与が手渡しだそうですが
> 振り込みにしない理由のトップが
> 「家族に給料の額を知られたくない」
> っていうのはちょっとどういう事なんでしょうか。

たしかに。っていうか、

子育てパパのブログ日記(Blog・Trek)
国家公務員給与、手渡しで、無駄コスト1億円!
http://picard.blog.bai.ne.jp/?eid=19864

だそうです。意味が分かりません。まぁ、この程度の無駄は、まだまだ
序の口なのかもしれませんが。にしても、個人パソコンを使わないと
いけないほど火の車の割には、悠長だなぁと思ったり思わなかったり。
というか、そういうことをやっているから、金がないのか。

> 越後屋「先生方!あの遊び人をさっさと始末しておくんなせえ!」
> 某先生「なに、朝飯前よ」

ええ、そんな感じです。で、見かけ倒しのこけおどしなわけであります。


非革命自由主義者さま

>  給与明細が「給料袋」の外側に添付されておりました。

おお、外側ですか。それはなかなか個人情報だだ漏れであります。現在は
明細表が内側に袋とじになっていて、ミシン目を切ると見ることができる
ような感じになっております。が、どうせ表書きに号俸と等級が書いてある
ので、いくらもらっているのか位は大体分かってしまうわけですから、
あんまりうれしくありません。
 

給料袋の幽玄

 投稿者:非革命自由主義者  投稿日:2006年 4月14日(金)22時23分50秒
  私が某国立大学に勤めていた時には給与明細が「給料袋」の外側に添付されて
おりました。給料袋の中身は空なのですが、キチンと糊で封がしてありました。
あれもいちいち手作業だったのだらうなあ。
東夷の島には中華にない古雅なる習俗が残っているといいますが。
形骸だけが残っていたあたりがまことに奥床しく感じられます。
 

(無題)

 投稿者:ねこ娘  投稿日:2006年 4月14日(金)21時10分58秒
  そういや、大阪市職員は大半が給与が手渡しだそうですが
振り込みにしない理由のトップが
「家族に給料の額を知られたくない」
っていうのはちょっとどういう事なんでしょうか。

とりあえず、大阪市は財政再建団体にでもなるべきかも。

---
>まぁ、それはそれとして「先生と呼ばれるほどの莫迦でなし」
>という川柳が想起されますが
>下の句に「されど一度は呼ばれてみたし」とついたりつかなかったり。

越後屋「先生方!あの遊び人をさっさと始末しておくんなせえ!」
某先生「なに、朝飯前よ」

こんな感じかな?
 

こすいなぁ

 投稿者:田中征爾  投稿日:2006年 4月 7日(金)21時08分3秒
  民主党の代表選が決まった瞬間に、普天間を解決して話題を分散させようというどうにも
こすいですな。なんか、以前も似たようなことをやったような気がしますが、どうなんで
しょうかねぇ。あまりにも非道いので、本当に久しぶりに書いてみましたよ。

非革命自由主義者さま江

どうも相済みません。長々とレスポンスが滞りまして。なにがこうも忙しく
させているのやら。

まぁ、それはそれとして「先生と呼ばれるほどの莫迦でなし」という川柳が
想起されますが、下の句に「されど一度は呼ばれてみたし」とついたりつか
なかったり。

http://www.geocities.jp/kokuminbunka_3776/

 

さきにうまれて

 投稿者:非革命自由主義者  投稿日:2006年 2月17日(金)04時05分14秒
  「先(ま)づは、生(い)きている」、「先生」というところでしょうか(兼自嘲)

http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson5.html
>見えないものを公平にするには、どうすればよいのでしょうか。そこで、
>バカ息子やバカ娘の出番です。小原庄助さんは、朝寝朝酒朝湯が大好きで、
>身上つぶしました。落語にだって、『湯屋番』を代表とする若旦那ものの噺が
>いろいろあります。大店の若旦那が勘当されて、義理堅い知り合いの家に
>居候するという設定です。
>
>バカ息子は、日本の伝統なのです。商売などで立派に身を立てた親の子がまた
>優秀では、未来永劫その家系だけが繁栄し、不公平のままです。
>たまに出来の悪いこどもが現れて家が没落することで、よその家系に
>チャンスがまわってくるのです。バカ息子こそが、
>社会の公平を実現するカギなのです。

社会進化論はもとより、「上からの改革」よりも罪の軽い社会改革であります。
『反社会学講座』(パオロ・マッツァリーノ)より
 

死にそうでしたが生きてます(このタイトルは、もともと「死なずに生きてます」でした)

 投稿者:田中征爾  投稿日:2006年 2月15日(水)23時03分33秒
  今月の頭に以下のような文章を書きかけて、そののちぶっ倒れました。
どうもおかしいとは思っていたんですけど、どうも風邪だったらしい
です。まだ花粉症の時節でもないのに、涙が止まらなかったり、鼻水
が出たり。さてはシックハウスかと思いましたが、どうもそうでもあ
りませんで、そのまま日を暮らしておりましたところ、色々な発表や
報告が一段落ついた瞬間に、ぶっ倒れました。

ということで、古い文章ですが、載せてみます。多分2月6日あたり
の話です。

==========================

星の巡り合わせなんだか、なんなんだかわかりませんが、
先月は仕事初め以来、一週間に3回ほど報告と発表があり、
家に帰れない日々が続き、「なんか仕事してるなぁ」と一
瞬思いましたが、すぐに、「いや、これで金はもらえねぇ
んだから、全然仕事じゃねぇよ」ということに気づき、稼
業と家業の分離と申しますか、「就労のミスマッチ」とい
う言葉を想起した次第でございます。

まぁ、稼業があるだけありがたいと思いますが、家業で食
える日が来るといいなぁ、と思う次第でございます。


非革命的自由主義者さま江

> この著者はこの恣意的に高く評価することを、自然科学と社会科学と
> の両方でいっぺんにやっておるわけで、トンデモの二乗

まぁ、社会進化論よりは罪は軽いと申しますか、寄生虫飲
んでご自分の体調が悪くなる分には、全く問題がないわけ
でありまして、どちらかと申しますと、「待ち組」などと
いうナゾの言葉を造り出して、淘汰的現状を隠蔽しようと
いう態度をこそトンデモと申し上げるべきではないかと愚
考する次第でございます。

今朝、なんか国会中継で「日本人の中の中意識の割合はこ
の20年ほど5割程度で変化がない。否むしろ、現内閣以
来2%以上の上昇をしている」と、どういう規準で取った
統計なのか分からないようなパネルを出して得々と語って
おったわけであります。

しかしながらその統計をよく読むと「中の下」がよほど増
えているような気が致しました。どうも、それは「上」が
減ってそっちに回ったみたいで、それは問題ではないのか
と思ったのでありますが、むしろそれこそ「格差社会では
ない証左」なのかも知れませんが、結局に本全体の気力・
国力が落ちているってことなんじゃないでしょうか。

と、いうかこの20年における社会動態の変化も含めない
で、そういう統計を判断してよろしいのかと思ったり思わ
なかったり。

まぁ、「格差社会」の定義が定まっていないからどうにで
もなるんでしょうね。定義のない科学は何でもアリです。

http://www.geocities.jp/kokuminbunka_3776/

 

ブツ切りスターリン

 投稿者:非革命的自由主義者  投稿日:2005年12月31日(土)01時15分38秒
  「キムチは最近、寄生虫卵騒ぎで不評だが、なあに、かえって免疫力がつく。」
なんていう東京新聞のコラムもありました。今年の11月24日付けの「筆洗」です。
体系をブツ切りにして気に入った部分だけを恣意的に高く評価するのは科学では
ありませんな。この著者はこの恣意的に高く評価することを、自然科学と社会科学と
の両方でいっぺんにやっておるわけで、トンデモの二乗になってしまいました。

ロシア語研究者から、戦前のソ連で発行されたロシア語日本語会話練習帳をみせて
もらったことがありますが、「とまれ!」が一番最初に出てくる例文で、
「お前の部隊に白露はゐるか?」とか、「出身階級は何か?」「小ブルであります」
(「プチブル」と読むのだろうなあ)といった「会話」が目白押しでありました。
 「言語はなんらか一つの階級によってでなく、社会全体によって、社会のすべての
階級によって、いく百代の努力によってつくられたのである。言語はなんらか一つの
階級のでなく、全社会の、社会のすべての階級の要求をみたすためにつくられた
のである。まさにこのゆえにこそ言語は社会にとって単一な、そして社会の全成員に
とって共通な、全国民語としてつくられているのである。」
(スターリン「言語学におけるマルクス主義について」)
なんて意見と整合性がとれているようないないような。一国社会主義防衛という至高の
目的に「白露」や「階級」の探索が従属しているのだから整合性はとれているのか。
第三インターナショナル万歳!ソ同盟を擁護せよ!って感じですか。
なお「白露」とは二十四節気のひとつで、九月上旬を指し、『暦便覧』には、
「陰気やうやく重りて、露こごりて白色となれば也」とあります。
(嘘じゃない嘘)
 

民間信仰と科学

 投稿者:田中征爾  投稿日:2005年12月24日(土)21時36分6秒
  どうですかね、こんな記事があったのですが。

寄生虫の卵 感染、ラッキーかも=猪飼順
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tokyo/column/news/20051119ddlk13070232000c.html

キムチに寄生虫の卵があったらしいけど、キャベツに
青虫がいる方がいいのと同じなのではないかという論
理に読めるのですがいかがでしょうか。

しかも寄生虫ダイエットで落としてます。

寄生虫がいると花粉症が治る(正確には発症しない)
というのもいかがかと。

結局アレルギー反応というのは、抵抗現象のひとつで
ありますから、花粉症の症状が出ないということは、
すでに身体が正常ではないということなのではないか
と考える次第であります。まぁ、寝ている間は花粉症
の症状が出ないことを想起していただければ、いかな
る事態が身体の中で進行しているかがご想像いただけ
るのではないかと思います。

科学的な事実のある一面だけを取り上げることは、極
めて危険であり、いくら近代科学が分析主義だからと
いって総合することを忘れてしまっては、もはやそれ
は「学」ですらないのではないでしょうか。

体にいい寄生虫―ダイエットから花粉症まで    講談社文庫 藤田 紘一郎 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062648555

とんでもダイエット・その1 寄生虫ダイエット
http://diet.goo.ne.jp/member/rensai/dokidoki/019.html
 

訂正記事

 投稿者:田中征爾  投稿日:2005年12月 8日(木)00時35分17秒
  『あずまんが大王』2巻は『あずまんが大王』3巻の誤りでした。
また、作品タイトルは「アピール」でした。謹んでおわび致します。

って、何をやっているんでしょうね、このめでたい大詔奉戴日に。
 

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