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一つの見解

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年12月 6日(火)14時18分16秒
返信・引用
  吉田徹氏
「戦後の民主主義は高度成長による中間層の拡大という人類史上まれな安定と
 平等を実現した。こうした中間層を作り出したこらこそ自由民主主義は支持
 されて来た。

 そうならば中間層の衰退は民主主義の衰退を意味する。」

 「ならば新たなる中間層をどう産み育てるかが今後の課題となるだろう」

 「ポピュリズムは、今のシステムから未来のシステムへの懸け橋として存在
  すると考えたらよいのではないか」
 
 
 

大衆迎合と批判するIMFのコメント

 投稿者:まつを  投稿日:2016年12月 6日(火)08時40分18秒
返信・引用
  グローバリズムを推進するIMFは、
「景気停滞が長引けば、貿易や移民に対する大衆迎合的な見方が強まり、
さらに経済活動が落ちる」
と脅しをかけるような発表を4日にしています。
「大衆迎合」ってモノも言いようですね。
国民の意図を反映して行うのが民主主義のはず。
私たちは国民国家を放棄すると決議したことはありません。
http://jp.reuters.com/article/imf-world-economic-outlook-idJPKCN1241OO
 

象徴的な

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年12月 5日(月)21時20分7秒
返信・引用
   英国のEU離脱、トランプ現象が象徴的でそれは「グローバル化」への反動。

 国境を越えたヒトモノカネの移動による利益や恩恵が頭打ちになった。
 

Re: 「五七桐」と総持寺

 投稿者:まつを  投稿日:2016年12月 5日(月)20時54分50秒
返信・引用
  > No.20101[元記事へ]

教えていただいていた解説とほぼ同じですね。
 

「五七桐」と総持寺

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年12月 5日(月)19時04分43秒
返信・引用
  話題が戻りますが、貼付は、曹洞宗の立場での解説  

閑話休題

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年12月 5日(月)17時15分9秒
返信・引用
  http://minwa.fujipan.co.jp/area/nagasaki_004/

こういうシロモノがあるんですねぇ~、どうぞ、お聞きください。
 

Re: 止めろ五輪。

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年12月 5日(月)17時12分30秒
返信・引用
  > No.20098[元記事へ]

田屋敷酒散人さん


>  古代五輪は屈強なる兵士養成にあった。
>  戦争の為にあったのだ。

兵士は、今で言えば、兵器。だから、
軍事パレード(あるいは、多国間合同演習)のようなものがオリンピックだった。
技を競うことは、兵器性能を見せびらかすこと。
それでもって、相手の戦意を失わせることができれば、
本当に、無益な血の流し合いは避けられた。

一対一の決闘だって、集団的な血の流し合いを防ぐための、一つの智慧だった。

・・・なんてこと言えば、非難されるかしらん、ね、散人さん。
 

止めろ五輪。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年12月 5日(月)16時20分40秒
返信・引用
   野球やゴルフのプロならいざ知らず、素人精神を謳う集まりにこの白髪頭の
 散人たちの税金を数兆円も浪費してから、とんでもない輩があまりにこの
 大好きな日本には多すぎる。古代五輪は屈強なる兵士養成にあった。
 戦争の為にあったのだ。

 知人の子弟が高校でサッカー部に入った、それはいいのだがなにせ遠征が
 多くてその都度お金をとられる、と嘆いていた。県立でそうなのだ。
 その上足までしじゅう怪我をしていて卒業するころには足首が変形している
 と知り合いの整形外科医が嘆いていた。ようするに親もバカなのだ。

 手前が逃げたものだから最初から子供にも逃避させる。何からの逃避かというと
 知力養成からの逃避である。散人たちから50年経て今後はこれら逃避組には
 単純労働すら充てがわれない。劇的に進歩したロボットに奪われる。

 
 

Re: > 名前を思い出せず唖然。

 投稿者:まつを  投稿日:2016年12月 4日(日)18時09分10秒
返信・引用
  > No.20096[元記事へ]

大閑道人さん

> 毎日顔を合わせている家族は(今のところ)大丈夫なのですが、学生時代に本当に親しかった友人の、ニックネームはすぐでますが、実名が・・・・
>
> 明らかに、還暦過ぎ症候群、です。

そのとおりです。
最近は家人は私が思い出すまで待ちます。あえて教えないで脳トレという訳です。
思考まで衰えないように、こうして毎日書いておるわけです。
 

> 名前を思い出せず唖然。

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年12月 4日(日)05時53分11秒
返信・引用
  時々、マスターの実名を思い出せず、唖然!

毎日顔を合わせている家族は(今のところ)大丈夫なのですが、学生時代に本当に親しかった友人の、ニックネームはすぐでますが、実名が・・・・

明らかに、還暦過ぎ症候群、です。
 

龍一郎のことや

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年12月 1日(木)17時28分15秒
返信・引用
   昨日福岡から書家 井上龍一郎がやって来た。恒例の市内松下皮膚科のロビーでの
 展示即売会である。そこそこの賑ぎわいだった。で拙宅に三泊する。「まつを」氏に
 言わせれば「居候文化」だそうでそうなのかなと思う。まぁ家族とかいう面倒くさい
 ものはいないので井上も来やすいのだろう。土曜日は皮膚科院長の90歳近くの
 お父様(外科医)と飲むのも恒例になっている。

 もう生で戦前の国内や満州の話を聞くことが難しくなっている昨今、大先生から
 聞けるのはうれしいことである。日本は戦前を全否定することで戦後の在り様が
 決定附けられたけど、その為私の父は酒に溺れ早死にした、松下の大先生もまた
 戦後70も過ぎた今でもその件(戦時下の体制)に関しては口が重い。

 欧州はナチに日本は陸軍に全て責任を転嫁して戦後国民は生きてきた。
 いいかげんさ「人間だもの」で生きていいのだろう。

 
 

学校では、

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年12月 1日(木)15時50分57秒
返信・引用
  教わらない大事なことをあのビル・ゲイツ氏が高校生に教えたそうだ。
そうだというのは真偽の程が定かではないのだ。

 11項目ある。

 01 人生は公平ではない、それに慣れるべきだ。
 08 人生は誰も助けてくれない

 など肯けるものがある。
 

仰げば尊し

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年12月 1日(木)15時36分11秒
返信・引用
   ? わがしの恩

 続く「仰げば尊し」は近頃卒業式でとんと歌われなくなったそうだ。
 そういえば「わがし」と打てば「和菓子」が出て来るご時世だ。
 「我が師」はなかなか出ない。

 どうも戦前の歌はリベラル先生が多い昨今嫌われるらしい。無難、や穏便
 などで方針が決まる。しかし台湾では今でも「仰げば尊し」が歌われている
 そうである。

 
 

高校時代の恩師

 投稿者:グッドマン  投稿日:2016年11月30日(水)19時25分0秒
返信・引用
  昨日、高校時代にお世話になった先生の訃報に接しお通夜へ。体調を崩し入院されているという
話を娘から聞いていたが、まさかの急な知らせに驚いた。先生の,いろいろなエピソードを混じ
えながらの世界史の授業はとてもおもしろく,自分は世界史が大好きになった。海外への興味も
高まり,世界史で学んだことを,「いつか自分の目で見てみたい。」と思うようになった。担任
でこそなかったが,自分の人生に最も影響を与えた先生だといえる。昨晩の通夜に参列していた,
会場に入りきれないほどの人の多さに,先生の残されたものの大きさを感じた。
 

知らない識者

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月30日(水)10時54分32秒
返信・引用
   今回の歌手ASKAの再逮捕で、あるテレビのワイドショーの中で、毎度したり顔の
 識者が「自分から警察に電話するなんて異例」と云っていたが、こんな事例は
 よくあることで、薬物依存による幻覚症状で「誰かに追われている」や「盗聴
 されている」や「見張られている」などで警察に助けを求めるのだ。

 警察はよく分かっていて「はいはい尿検査しようね」となる。

 なんかねぇ、あのコメンテイターと称する輩は。それを観てる人たちもそうだけど
 弛緩仕切った日本でなけりゃいいけど。
 

いま、

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月28日(月)01時10分29秒
返信・引用
  六時に一旦寝て十時に起きだして二時間ばかり「いま世界の哲学者・・・」を読んで
書いてる訳ですが、結局は「人はみな文章を書いている」ということでしょう。
スマートフォンにしろみな文章を書いている訳で、大阪にいる20歳のお友達なんかも
「私は」を「私わ」なんて送ってきてそれはそれなりに可愛いのであります。

しかしみな情報ツールを使えば使うほど誰かに個人情報を捉まえられ管理されてる
訳で散人はアマゾンから「少しこ難しい本を買う傾向がある」なんて捉まえられて
いる訳でして次から次に「こ難しい本の購買催促」をしてくるから時に漫画の
「3月のライオン」などを読んだりします。この作者はこのまま書き進んで行けば
気が狂うんではないかと散人は思っとります。

主人公、零(れい)は予め「喪われた」者としてこの世に生まれ将棋という隘路(あいろ)
の中に踏み込むことでしか生きてけない故郷喪失者であり三月堂三姉妹は取り残された
という故郷残存者であり、人生の慰安はやはり補完し合うというころではないのか、と
思ったりするのです。

突然ですがお休み。
 

Re: あるな、

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月27日(日)13時20分41秒
返信・引用
  > No.20088[元記事へ]

あらら、
前の記事に上書きしてしまいました。
 

Re: あるな、

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月26日(土)15時48分18秒
返信・引用 編集済
  > No.20087[元記事へ]

「いま世界の哲学者が考えていること」
¥ 1,728 かあ。

呑みに行くと思うとやすいですんが、
今の状況ではプライベートマネーでは安々とは買えません。
これいらんぞという本ありましたらください(笑)。

実はこの10年ぐらいずっとほしかった本がありました。
「岡本一宣の東京デザイン」
¥ 8,640
デザインのバイブルのような書籍です。
前の職場で職場費で購入して愛用。
今の職場でも職場費で購入して愛用。
いよいよ退職。
昨夜、ふと「中古本」でも出てるんじゃないかと検索してみると
ありました。半額です。発作的に購入。
いいんです。今後は仕事で使います。と自分に言い訳。
 

あるな、

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月26日(土)15時00分52秒
返信・引用
  おお我が大先輩(東宝宣伝部だった)植草甚一氏の本がありますな。
私は今「いま世界の哲学者が考えていること」ダイアモンド社に取り組ん
どります。特に第四章の「資本主義は21世紀でも通用するのか」が興味深い
です。

ハイエク・フリードマン・ケインズ・ネグり・ハート・ピケティなどを援用し
ながら論が進んで行きます。それらを少しでも齧っていたのでなんとか付いて
いけますがそうでない人にはお勧めできません。

「まつを」さん、史記の朗読CD五時間ものが待ってますよ。
 

読み散らかした本

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月26日(土)14時02分25秒
返信・引用
 
年度末に向けて私のディスクがカオス化してきています。やれやれ。
やたらこの時期になりますと郵便物がやってきますし、読み散らかした書籍も散乱しております。

トイレの棚の本。

脱衣場の棚の本。風呂で読む習慣が若いころからあります。本はヨレヨレしています。

「文藝春秋」はそろそろまとめて処分しましょうかね。

これは玄関。「文藝春秋」のように時事的色彩の雑誌と違い、芸術・思想的雑誌は
時とともに古くなりませんので捨てられません。
こんな風に書きますと大層な書籍に囲まれているように思えますが、さにあらず。
私の家にはほとんど本の存在感はありません。それに最近はネット上の文章を読む
ことの方が多いですね。ネット上と、紙ベースでは、なぜかネットの方が読み散らかします。
ザックリ読むんですよね。このサイトにしばしばとりあげるPDF論文も大方読み散らかしています。
皆さんもネットは斜め読みするでしょう?
けれど、ネットでばかり読んでいると、自分の文章が痩せていくのを実感します。で、書籍を手に取るわけです。
 

駆けつけ、?

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月24日(木)13時59分41秒
返信・引用
   陸自が南スーダンという国に行ったが「駆けつけ警護」て何だ?

 国連PKOとして派遣され、国連職員等の身の安全確保が任務だそうだ。

 がしかし自衛隊は軍隊ではない、不思議な組織である。
 もし戦闘があれば民間人と同様に逃げるのか?そんなことは出来ないだろう。
 となると応戦して敵を殺傷したときその行動の是非は誰が問うのか?

 軍ならば軍法会議で問うがそれがない。民間人と同様に刑法の殺人罪で
 取り上げるのか? 全くもっておかしな話だ。



 もうこんな変なことはヤメにしなければならないと思う。
 勿論 軍隊として。
 

Re: 教科書に載らない

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月22日(火)18時29分22秒
返信・引用 編集済
  > ・夜は夜のこととして熟睡する夫を見下ろしてストッキングはく  松平盟子

すごいなあ。これを歌として表現するとは。
平松氏はこんな方でした(左)↓

 

教科書に載らない

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月22日(火)10時08分57秒
返信・引用
  短歌です。エロスを詠うのは女性が上手です。


・夜は夜のこととして熟睡する夫を見下ろしてストッキングはく  松平盟子

  こわいです。どうやらこの女はこれから愛人のとこに行くのでしよう。

・立膝をゆっくり割ってくちずけるあなたをいつか産んだ気がする 林あまり

  歌人の恋人を持つと冷静に観察されます。これもこわい。
 

習慣

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月21日(月)12時41分10秒
返信・引用
   つい学生時代からの習慣で「現代用語の基礎知識」を購入。
 一ヶ月は楽しめる。
 

聖とライオン

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月21日(月)09時42分8秒
返信・引用
   「3月のライオン」11、12巻入手。

 映画「聖の青春」封切り。

 どちらとも「将棋」がテーマ。ファンとしてはうれしい。 
 

私は、

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月20日(日)21時14分26秒
返信・引用 編集済
  独身時代が長かったので、
数多くのお見合いをしました。
少なくとも20名以上だと思います。
よく憶えていないのです。
地方では都合のいい立場だったのでしょう、私は。

絵の左から一番目のタイプに会ったことがあります。
会うなり、こちらの出自や大学やなにやを問い続け、
自分の環境を語り、
結局、会話を楽しむという事が全くありませんでした。
場所は博多のホテルオークラだったと思います。
ウンザリしました。

左から2番目のタイプにも会ったことがあります。
上司の娘でした。図られたようにして(笑)、会わされました。
一緒に呑もうと誘われ、出かけていったらいました。
「パパ~」と父親を呼んでいました。マンガの女性に似ていました。
場所は佐世保の鯉太郎の地下にある人工の滝の流れが見えるお座敷でした。
ウンザリしました。

左から3番目のタイプはお見合いですから
紹介されたことはありません。

たぶん左から4番目のタイプにもあったことはあると思います。
もちろん東京勤務ではありませんでしたが。
よく憶えていません。

いつか、お見合い体験記を表に書いてみようかな。
 

私は、

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月20日(日)20時35分7秒
返信・引用
   みんさん決断が遅くなると思うので、早いだけが取り柄の散人が決めます。

 左から三番目です。

 左から一番目はイヤダ、おれ金いらない。
    二番目はパーチクリンそう。
    四番目からは逃げたくなる。
 

このどの女性と結婚するか?

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月20日(日)16時54分14秒
返信・引用 編集済
  このどの女性と結婚するか?という問いがTLに流れてきて、10分くらいまだ悩んでる。


そんなリツィートがネット上で話題になっています(笑)。

http://

 

Re: いろいろあった。

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月20日(日)11時37分31秒
返信・引用
  > No.20076[元記事へ]

田屋敷酒散人さん
いいお話を聴かせていただきました。
こちらに納めさせていただきました。
合掌。
http://nagasaki-netradi.sakura.ne.jp/bar_yotabanasi/01_sakaba.html
 

いろいろあった。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月20日(日)10時43分32秒
返信・引用
  昨夜東京から同期生(高校時代)がやってきたので五人で飲み会をした。
在東京のT君がやって来た理由は、同じ部活(バスケ)であったM君を
励ますためにだ。M君は先月余命半年を言い渡された。100キロの
巨漢であったM君は今は75キロまで落ちたという。

M君は終始明るくしていた。Ma君の妻は一昨年ガンで亡くなった。「やって
あげられる限りやったと思う」と云った。東京のT君の娘は優秀で外資系商社
に入ったが強度の鬱に罹り自殺企図を二度ほどしたという。最近快方に
向かっているそうだ。

思い出話に花がさいた。余命半年のM君は煙草を吸いながら終始にこやかに
みんなの話を聞いていた。誰もタバコは止めろとは言わない。
会も終わりになり店を出たとこでM君は「今日はありがとう」と云って四人と
握手した。東京のT君とは少しだけながかったようだ。もう会えるかどうか
分からないからだろう。

雨が降って来た。私はみんなと分かれ彼女の待つ店に向かった。ラインを
見ると「タバコ買って来て」と入っていた。
 

「老年的超越」のまとめ

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月20日(日)07時16分18秒
返信・引用
  読み応えのある皆様のコメントでしたので
「老年的超越」のまとめを次のページに残させていただきました。
http://nagasaki-netradi.sakura.ne.jp/bar_yotabanasi/rounennteki.html
誠にありがとうございます。
 

ありがとうございます

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月19日(土)19時38分44秒
返信・引用 編集済
  皆様のお声、
ゆめゆめ忘ることなく
愉快に人生を楽しんで生きていきまする。
 

還暦

 投稿者:ryuji  投稿日:2016年11月19日(土)15時29分39秒
返信・引用
  以前、60歳の頃ゴルフで一緒になった方に
「60? 60なんて俺に言わせりゃまだ若造だ。」
「年だなんて言うんじゃない!」と一喝されました。
あの東京オリンピックでヘーシンクに敗れた神永を育てた柔道家で、当時85歳とか。
カートにも乗らず、とっとと早足でプレーして行く方でした。

60代は、まだまだ若造です。
枯れてはいけません。

http://blogs.yahoo.co.jp/drankwind/MYBLOG/yblog.html

 

還暦!

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月19日(土)12時31分17秒
返信・引用
   だいぶ私より若いと思っていた「まつを」さんももう還暦ですか。

 70近い散人ですが少しも泰然たるとこはありません。多動性老人であります、私は。

 その職をつつがなく全うされようとする「まつを」さんに賛辞を贈ります。
 
 

自己肯定

 投稿者:夕凪  投稿日:2016年11月18日(金)20時05分58秒
返信・引用
  仕事がら、高齢者の方とお話しをさせて頂く機会が多いのですが。

その高齢者の方々に、張りのある時代、輝いていた時代を回想して頂くんです。
その際、いつも思うのは、前回のお話しより美化されていることが多々あるのです。

そこで思うのは、自己肯定することが心地よい生に繋がっていくのではないかと、それが生きる意味として社会との繋がりを実感できる瞬間なのではないかと思いました。

若輩者の流涎だと思い笑って頂ければ幸いです。
 

どもども

 投稿者:捨老  投稿日:2016年11月18日(金)18時20分41秒
返信・引用
  お騒がせを(笑)

大閑さん
 よく解っています ボクもね

 実証に乏しいトルンスタム教授の「老齢的超越」説の難点を
 《老年的超越=釈迦の悟り》ではない と指摘したかっただけでして
 「人が歳をとると そのような徴候が見られるとしても すべてがそうなるワケではない」
 と云う反駁は 多くの研究者が表明しているところだからです
 でないと そこら中が加齢とともに お釈迦さんだらけになってしまいますもんね(笑)

散人さん
 >「何故生きなければならないのか」
 >「この世は生きる価値があるのか」を明確に聞いたこともない。
 >死ぬことぐらい自分で決めたい。

 それゆえに 人は生きることも勝手に決めて営々と歴史を重ねてきたのでしょうね
 出来ることなら「心地よい生」であって欲しいもんです(笑)
 

生まれたくて

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月18日(金)16時50分20秒
返信・引用
  生まれたんじゃない。

己の意思でこの世に生を受けた訳じゃないのに、このクソ面白くもない、だから
いかにして面白く生きようかなんて日夜考えてはいるが、クソ面白くもない、結構
永い時間の人生を親からあてがわれる。もともと人生なんて意味もないのに必死
で意味附けようとする「道を説く」人々。

自死だって勝ってじゃないか、だって自分の意思で生まれたわけじゃないし、せめて
死ぬことぐらい自分で決めたい。以前も書いたが「何故生きなければならないのか」
「この世は生きる価値があるのか」を明確に聞いたこともない。

この人間世界をすっきりと説明できる思想なんて三界に渡ってありゃしない。すべてが
仮説にすぎない、それをあたかも定説みたいに云うの胡散臭さがいやになる。

老齢の足もつれて溝のなか 散人
なんとか生きております。

 

Re: 久しぶりにおジャマします(笑)

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年11月18日(金)16時21分34秒
返信・引用
  > No.20065[元記事へ]

> 捨老さん
>
>
> > 「超越」は なんだか大仰な言葉のようにも聞こえます
> > 「釈迦の悟り」となれば尚のこと
> > というのは 教授が仰る「 3 つの領域」は
> > 若輩者には皆無か と云えば そうでもない気がするからです
> > 若者にも同じように
> > 重層的あるいは複合的に内在すると思われる
>
>
> だから、「釈迦の悟り」と同じだな、と連想した次第で。
>
> 釈迦は、29歳の成道以来、まさしく、そのように生きてきた、ということです。


あ、そうそう。
だから、こころねっこをも、連想したのです。
 

Re: 久しぶりにおジャマします(笑)

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年11月18日(金)16時20分39秒
返信・引用
  > No.20064[元記事へ]

捨老さん


> 「超越」は なんだか大仰な言葉のようにも聞こえます
> 「釈迦の悟り」となれば尚のこと
> というのは 教授が仰る「 3 つの領域」は
> 若輩者には皆無か と云えば そうでもない気がするからです
> 若者にも同じように
> 重層的あるいは複合的に内在すると思われる


だから、「釈迦の悟り」と同じだな、と連想した次第で。

釈迦は、29歳の成道以来、まさしく、そのように生きてきた、ということです。
 

久しぶりにおジャマします(笑)

 投稿者:捨老  投稿日:2016年11月18日(金)15時47分12秒
返信・引用
  トルンスタム教授の「老年的超越」の
「超越」は なんだか大仰な言葉のようにも聞こえます
「釈迦の悟り」となれば尚のこと
というのは 教授が仰る「 3 つの領域」は
若輩者には皆無か と云えば そうでもない気がするからです
若者にも同じように
重層的あるいは複合的に内在すると思われる
その領域への自覚の頻度や深度はともかくとして
それらを覆い隠す表層領域がもたらす若さゆえの迷いや葛藤
さらには混乱こそが 若き生命(エネルギー)の証しであるのならば
老人のそれは「超越」と呼ぶよりも
老いたがゆえの 表層エネルギーの「剥落」であり
「核心の露呈」とも言える成り行きであって
核心を直視するかしないかは これもまた個人差を伴う成り行きでしかなく
老化現象の一つと言えそうだからです
願わくば「核心」の存在に早めに気づき
葛藤や混乱に直面し挑むことに尻込みしない青春であったならば
しんのじ先生の仰る「初老期うつ」の壁をやり過ごせそうな気がするのです
いずれにしても女性に比べ 男性は生きること自体がヘタクソのような気もします(笑)

どんぐりの 落ちて虚しき アスファルト ―横溝正史

それでも生きてまいります 死ぬまでは(笑)
 

ありもしないものを、

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月18日(金)14時45分52秒
返信・引用
   幸せとか愛とか充実した人生とかこの世に「あるのかないのか」はっきりしない
 ことをあたかも明確に存在しているかごときことを云われ続けて生きてきた
 多くの人々は年老いてそれが嘘だったことに気づいた時は親にしろ学校の先生
 にしろ問いただそうにももうこの世にはいない。

 こころが大事だと、シラケたことを抜かす人々は後を絶たない。何がこんなにも
 日本人をして生き辛くしたのかって?それは無理やり近代化したことにほかならない。
 欧米植民地列国に追いつけ追い越せで教育、家族第一主義等を無根拠に詰め込み
 戦前は兵士戦後は経済戦士に仕立て上げた。

 今度はグローバルだと抜かす。戦前植民地政策、今はグローバルか、いずれにしても
 国民は使われて右往左往するだけです。
 それらが「老齢うつ」の真相です。欧米型近代化がうつの原因です。
 

Re: ・・・だといいけれど、

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年11月18日(金)13時28分13秒
返信・引用
  > No.20059[元記事へ]

しんのじさん

> 初老期うつ状態のひとが少なからずいらっしゃるのも事実。仕事一筋すぎた方
> に多い傾向があるように思います。身体の変化、環境の変化(退職、転職)に
> 心がついていかず、今まで通りの自分のペースで几帳面にやっていくことが難
> しく、自殺の原因になっている(老年期の自殺の8割近くはうつ状態を合併)
> ことも有名です。
>
> ハッピーでない方も潜在数としては多いということです。


環境依存型の人生だと、しんのじさんのご指摘のごとくだ、と思います。

マスターが主張している「カタログ人間になるな!」は、環境依存型にならないためにも、重要な提言だと思います。その点で言えば、女性は(主婦は、と言い換えましょう)、環境依存、というよりも、環境創造というべきか。
 

・・・だといいけれど、

 投稿者:しんのじ  投稿日:2016年11月18日(金)13時06分48秒
返信・引用
  初老期うつ状態のひとが少なからずいらっしゃるのも事実。仕事一筋すぎた方
に多い傾向があるように思います。身体の変化、環境の変化(退職、転職)に
心がついていかず、今まで通りの自分のペースで几帳面にやっていくことが難
しく、自殺の原因になっている(老年期の自殺の8割近くはうつ状態を合併)
ことも有名です。

ハッピーでない方も潜在数としては多いということです。
 

Re: 老年的超越

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年11月18日(金)10時34分27秒
返信・引用
  > No.20055[元記事へ]

まつをさん

> トルンスタム教授は老年的超越が 3 つの領域から構成され
> ることを示し、各領域に含まれる徴候を以下のように記述した。
>

これで連想したこと。 「こころねっこ」運動。
 

Re: 老年的超越

 投稿者:大閑道人  投稿日:2016年11月18日(金)10時28分44秒
返信・引用
  > No.20055[元記事へ]

まつをさん

以下、まるで「釈迦の悟り」ですね。


>
> 宇宙的領域
>
> ・時間と子ども時代:時間の定義が変化し、子ども時代に戻る。過去と現在の境界の超越が生じる。
> ・過去の世代とのつながり:過去の世代への親密感が増す。
>   個人間のつながりから世代間のつながりへの見方の変化を自覚する。
> ・生と死:死の恐怖が減少し、生と死に対する新たな認識が生じる。
> ・生命における神秘:生命における神秘的な領域を受け入れる。
> ・喜び:大きな出来事から些細な経験に喜びを感じる。小さな宇宙の中に大きな宇宙を経験する喜びが現れる。
>
>
> 自己の領域
>
> ・自己との対面:自己の隠された側面 -良い面も悪い面も- を発見する。
> ・自己中心性の減少:最終的には、世界の中心から自己を取り去ることができるようになる。
> ・身体の超越の発達:身体の世話は続けるが、身体にはとらわれなくなる。
> ・自己の超越:利己主義から利他主義へと移行する。
> ・自我の統合:人生のジグソーパズルの一片一片が全体を形作ることに気付く。
>
>
> 社会的・個人的関係の領域
>
> ・関係の意味と重要性の変化:表面的な関係に対して選択的になり、関心が減少する。
>   また、一人でいる時間の必要性が増す。
> ・役割:自己と定められた役割との違いを理解する。時には役割を放棄しようとする。
> ・解放された無垢:無垢が成熟を高める。必要ない社会的慣習を超越する新たな力である。
> ・現代的禁欲主義:財産の重さを理解しつつ、禁欲主義から自由になる。
>   現代の定義での生活必需品を十分に持ち、それ以上は持たない。
> ・日常の知恵:善悪の表面的に区別することに気が進まなくなり、判断や助言を控えることを認識する。
>   善悪二元論を超越し、幅広い考え方と寛容さが得られる。
 

誠にそうです。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月18日(金)09時44分39秒
返信・引用
   もう二度と若い頃には戻りたくない、と思う今日此の頃であります。
 それは自己以外の外部環境(親や自分の家族、会社等)から「強いられる」
 日々が若い頃であったと云えます。

 両親とは早い時期に死に別れ、妻とも別居、娘は嫁いでいない。なんとまぁ
 自由なんだろうオレはと思う日々であります。下記の中で、友人たちも選択し
 「一人でいる時間の必要性が増す」、本当にそうであります。

 
 

老年的超越

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月18日(金)08時01分30秒
返信・引用 編集済
  トルンスタム教授は老年的超越が 3 つの領域から構成され
ることを示し、各領域に含まれる徴候を以下のように記述した。


宇宙的領域

・時間と子ども時代:時間の定義が変化し、子ども時代に戻る。過去と現在の境界の超越が生じる。
・過去の世代とのつながり:過去の世代への親密感が増す。
  個人間のつながりから世代間のつながりへの見方の変化を自覚する。
・生と死:死の恐怖が減少し、生と死に対する新たな認識が生じる。
・生命における神秘:生命における神秘的な領域を受け入れる。
・喜び:大きな出来事から些細な経験に喜びを感じる。小さな宇宙の中に大きな宇宙を経験する喜びが現れる。


自己の領域

・自己との対面:自己の隠された側面 -良い面も悪い面も- を発見する。
・自己中心性の減少:最終的には、世界の中心から自己を取り去ることができるようになる。
・身体の超越の発達:身体の世話は続けるが、身体にはとらわれなくなる。
・自己の超越:利己主義から利他主義へと移行する。
・自我の統合:人生のジグソーパズルの一片一片が全体を形作ることに気付く。


社会的・個人的関係の領域

・関係の意味と重要性の変化:表面的な関係に対して選択的になり、関心が減少する。
  また、一人でいる時間の必要性が増す。
・役割:自己と定められた役割との違いを理解する。時には役割を放棄しようとする。
・解放された無垢:無垢が成熟を高める。必要ない社会的慣習を超越する新たな力である。
・現代的禁欲主義:財産の重さを理解しつつ、禁欲主義から自由になる。
  現代の定義での生活必需品を十分に持ち、それ以上は持たない。
・日常の知恵:善悪の表面的に区別することに気が進まなくなり、判断や助言を控えることを認識する。
  善悪二元論を超越し、幅広い考え方と寛容さが得られる。
 

カオス イン 銅座

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月17日(木)12時57分40秒
返信・引用
   いえいえこちらこそ良い経験をさせて頂きました。

 「まつを」さんと別れたあと大金持ち社長と大女律子、諫早の色気エスティティシャン?
  で律子の店に行き、そこを皮切りにあと二軒行き、そこで私は時間になり島原に
  向かいました。 
 

有難うございました

 投稿者:まつを  投稿日:2016年11月17日(木)04時53分15秒
返信・引用
  散人さん
昨日は急にご依頼させて頂いたにも関わらず、
漢気溢れたお応えを頂き誠にありがとうございました。

演劇の最先端での御経歴と、
体験を伴って発せられる言葉に
若者たちは魅了され、目を輝かせていましたね。
瞬く間に変容していく姿を驚いて拝見しておりました。

一生の思い出を貫く一時とは、あのような時間のことでしょう。

また逆に御馳走にまでなってしまい恐縮しました。
取り急ぎ御礼申し上げます。<(_ _)>
 

偉い!

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2016年11月16日(水)11時16分35秒
返信・引用
   「ココイチ」は島原にもある、がココ最近イチども行っていない。

 凝ったフランス料理とか五万円もする人形町玄冶店「濱田屋」なんかと
 違ってどこの家庭のお母さんもつくる「カレー」なんてもので商売繁盛
 するとは偉いものであります。

 もう永年の主婦業に飽き飽きしたオバ様ともう永年相も変わらない奥さん
 のカレーに飽き飽きしたらしいオジ様の二人連れがいたり、昼は回転寿司
 「鬼平」か「ココイチのカレー」を頑なに決めている(聞いたわけではないが)
 らしい営業サラリーマンとか、みな特に美味しい顔もせずにスプーンを口に
 運んでいる。

 カレーというのはあまり「美味しい」という言葉は当たらない気がする。どうも
 日本人というのは無理やり「近代人」にさせられた明治以来カレー好きが始まった
 のだろう。爾来140年四世代に渡り「週に一度はカレー」というカレーサイクル
 が脳内に刷り込まれたかのように、週一「真田丸」を見ないと何か虚脱感が襲って
 くるように週一カレーなのです。「じゃカレーでも食いながら会議しょう」という
 課長もいた。
 一億人が週一カレーすると、えっとえ~と年52週で・・・
 面倒臭いから止めた。 
 

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