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英訳はない

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月12日(土)12時31分2秒
返信・引用
  「忖度」そんたく
 の適切な英訳はないそうです。
 
 

流れている

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月11日(金)11時18分38秒
返信・引用
   毎年文化庁が宗教関係調査をする。

 近年 著しい傾向は仏教系が新宗教に流れていることです。

 ここ最近のデータ

 一位 神社本庁  神道系   6800万人

 二位 幸福の科学 仏教系   1100万人

 三位 創価学会  仏教系    827万人

 四位 浄土真宗  々      694万人
    本願寺派

 五位 浄土宗   々      600万人

 しかし全信者合わせると二億八千万人という日本の人口の二倍以上になる。
 統計の信憑性も疑問が残る。七五三や初詣に行くから神道や葬式するから
 仏教や結婚式のキリスト教など、儀式信者が多いのかもしれない。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月11日(金)08時29分38秒
返信・引用
  > No.20762[元記事へ]

自民党が自民党のためにあるのなら、国民は自民党を必要としません。
自民党は国民のためにあってこそ支持されます。

仏教が僧侶のためにあるのなら、民は仏教を必要としません。
仏教は民のためにあってこそ敬愛されます。

いつの世においても、自己目的化した組織は、衰弱化することは歴史が教えてくれるところです。

誤解されないでくださいね。信徒として敬愛する仏教の組織体質を心配いたしているのです。
そして大閑道人さんへの敬愛も変わることはありません。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月11日(金)07時05分59秒
返信・引用 編集済
  > No.20761[元記事へ]

この話題をアップさせていただきました。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月11日(金)05時47分48秒
返信・引用
  > No.20745[元記事へ]

まつをさん


> 住職がいない「無住(むじゅう)寺院」の数は約7万7000のうちの2万。さらに宗教活動を停止している「不活動寺院」は2000カ寺以上。
> 住職がいる寺でも、檀家数の急激な減少により経済的に立ちゆかなくなっているところが大部分を占めるといいます。
>
>

仏教離れ、お寺離れが進行している、とは思えません。

仏教の積み重ねてきたことは、私の目線では、たとえば、NHK教育での「(モーガン・フリーマンの)時空を超えて」や、カウンセリング、自己啓発などなどに広がっています。
また、歴史ある寺院の醸し出す空間は、人間を別の世界に引き込みます。

仏教は、別の場所に居場所を見つけているようです。そして、寺院や仏像も、歴史資源+自己省察の装置として機能しています。

では、なにが寺院崩壊の背景にあるのか?

身を置く立場で言えば、祭祀離れ・和尚離れ、そして、血縁共同体(=しがらみ)離れ。

 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月11日(金)05時40分9秒
返信・引用
  > No.20757[元記事へ]

まつをさん



>
> 今回下記サイトをみて、改めて組織としての同気質を感じました。
>
> 全日本仏教界の平成 28 年熊本地震支援レポート①
>
>
> つまりお話いただいた若い僧侶たちの献身的地元支援活動の写真がない。
>
> これで外に情報を出す現在仏教界の体質に違和感を感じているのです。
>
> 人々が敬意を抱く活動が報告されていません。
> そこに目が向いていない体制・制度としての仏教。


この報告の写真、似たようなものは、宗門広報誌にもあります。
それで考えてみました。

この写真の被写体の僧形は(あえて「僧形」とします)、「住職」なのです。
端的に言えば、和尚ではなくて、経営者。
逆に、若手僧侶は、まさしく「和尚」として行動します。
ここが課題点でしょうか。

さらに言えば、和尚や仏教に対しての敬意は、まだ、多く見られますが、
仏教界(「宗門」も含めて)は、経営者の集合体だから、そこに対して、敬意を表される行動が取れるか、というと、大いに疑問です。


 

映画

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月11日(金)02時50分28秒
返信・引用
  友筒井ともみさんから映画の台本二本が届いた、「先生(芸大大学院映像学科教授)やめた
ら話が三本も来たの、楽しいわ」と云った。うち二本の台本が送られてきた。
いづれも来年公開されるらしい。

筒井さんは同年生まれれでまだまだ頑張っている。頼もしい限りだ。
残るのは友人だけだ。大切にしなくてはならないと思った。
 

いつになりますか・・・?

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 8月10日(木)19時09分17秒
返信・引用
  イチローズモルト、いつどちらで・・・(笑)?
もし、都合が付くなら(お盆休みはありませんが)、一口味見だけさせて
いただくことが叶えば何よりです。ハイランドモルトみたいな風味なので
しょうか。
しばらく家内がいなくなるので、そっちも楽しみですが(笑)。
 

お盆にちなみ・・・

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)18時38分48秒
返信・引用
  お盆は先祖をまつり、お正月は神さまをまつる、というのが一般の認識だが、本来はお盆とお正月はセットで、ともに祖霊に収穫物――お正月は米(餅)、お盆は麦(そうめん)を供えて豊穣を感謝する行事だ。

お正月は一月でお盆はその対面の七月。しかし、八月のお盆が通例になった。なぜそうなったのか?

もともと日本は太陰暦、いわゆる旧暦で生活していた。ところが明治五年十一月に今の太陽暦カレンダーを採用したためにチグハグになってしまった。お正月が一ヶ月動いて早まったのだ

それにあわせてお盆も一ヶ月早くなった。これが「新盆」。東京など関東方面では七月が主。

ところがその季節、農家は繁忙期で麦の収穫もない。農業が主体だった明治初期の日本、季節にあわせて以前のように旧暦の七月でお盆行事をする。これが「旧盆」だ。
これは太陽暦では毎年日付が変動する。今年は九月三日から

お盆の日付が毎年変わるのでは不便この上ない、しかし、季節の農作業の都合もある、そういう理由で一ヶ月遅らせて八月にお盆行事をするようになった。それが今の八月盆。
これを「月遅れの盆」という

日本の伝統行事は、太陽暦と太陰暦のズレを知ってこそ納得できる。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)15時49分3秒
返信・引用 編集済
  理解しました。
ご苦労さまです。
実はある敬愛するご住職ともお話したとき、類するお話を聞いていました。
と同時にその方は、仏教界組織の体質については同じような問題を感じるとお話になっていました。

今回下記サイトをみて、改めて組織としての同気質を感じました。

全日本仏教界の平成 28 年熊本地震支援レポート①
http://www.jbf.ne.jp/assets/files/pdf/kumamotozisin/20160909kumamotosienreport1.pdf
を見て、違和感を憶えるのは私だけでしょうか。

「これで報告としている感覚への違和感」

写真は上役のカネの受け取りが多くを占めています。

つまりお話いただいた若い僧侶たちの献身的地元支援活動の写真がない。

これで外に情報を出す現在仏教界の体質に違和感を感じているのです。

人々が敬意を抱く活動が報告されていません。
そこに目が向いていない体制・制度としての仏教。
 

Re: 似てる神仏

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)15時47分46秒
返信・引用
  > No.20754[元記事へ]

田屋敷酒散人さん

> 資本主義の源流はプロテスタンティズムと看破したのは「M・ウエバー」であります。
>
> ところが日本においてそれと類似性が見られる宗派がある。
> 近江商人であります。近江商人は浄土真宗の信者が多かった。
> 宗教と職業倫理の仏教バージョン。
>

キリスト教国以外に資本主義が定着した例外的な国、日本。

確かに、日本型資本主義の背景に、浄土真宗をあげる向きも近年は増えたようですが、
30年前までは禅宗の影響、といわれたものです。

例えば、鈴木正三。
また、一日なさずば、一日喰らわず、など。

でも、どっちでもあるような、どっちでもないような。。。。。

基本的に日本人の心情には(かつては)「御天道様が見ているから」というのがあった。
これは日本人の宗教観であり、また、同徳の基盤だった。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)15時43分26秒
返信・引用
  > No.20749[元記事へ]

まつをさん


> 被災地の寺院は地元門徒のケアにあたり、他地域から救援に参加した僧侶は寺院施設のケアをしていた。
> この理解でいいですか?

支援活動をした人によれば、災害発生時から時間経過とともに、地元被災寺院のケアの割合は減り、そこそこの避難施設の支援に向かうようになった、ということでした。
 

似てる神仏

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月10日(木)14時40分17秒
返信・引用
  資本主義の源流はプロテスタンティズムと看破したのは「M・ウエバー」であります。

ところが日本においてそれと類似性が見られる宗派がある。
近江商人であります。近江商人は浄土真宗の信者が多かった。
宗教と職業倫理の仏教バージョン。

勤勉・倹約・正直・善行などの通俗道徳を唱えること浄土真宗とプロテスタント
は極めて近い。
「行動学会より」
 

Re: 幻のウイスキー

 投稿者:多比良がね  投稿日:2017年 8月10日(木)14時36分45秒
返信・引用
  まつをさん

皆さんで飲みましょう!

> 田屋敷酒散人さん、多比良ガネさん
> イチローズモルト、その高名は耳にしておりました。
> 一杯飲ませていただけませんか。
 

Re: 幻のウイスキー

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)14時34分27秒
返信・引用
  > No.20750[元記事へ]

田屋敷酒散人さん、多比良ガネさん
イチローズモルト、その高名は耳にしておりました。
一杯飲ませていただけませんか。
 

考えるということ

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)14時29分37秒
返信・引用 編集済
  仮に自分の属する組織が体質的問題を抱えている時に、そこに属している人に「責任を感じ」させたいとはまったく思っておりません。
このような公的な場で各組織の話題を論じる時、各論者を公開処刑するようなことはやってはいけないことだと思っています。
それは愚者が行うことです。

「だから公務員は」「だから韓国人は」「だから黒人は」などという論調は、そこに属する人をステレオタイプ化すること。愚かです。
このような話題を採り上げる場合、論じ、考えたいのであります。

ですから、自分のことに引きつけ過ぎますと、ディフェンス思考に陥り、思考に伸びがなくなることも私たちは承知しておかねばなりません。

純粋に考えてみたいのです。
 

Re: 幻のウイスキー

 投稿者:多比良ガネ  投稿日:2017年 8月10日(木)14時29分0秒
返信・引用
  > No.20748[元記事へ]

田屋敷酒散人さん

> 多比良ガネさんからラインが入りました。画像と共に「幻の秩父ウイスキー!が手に入り
> ました

の画像です 本物のみたいですよね!(笑)
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)13時35分28秒
返信・引用
  > No.20746[元記事へ]

大閑道人さん
お応えにくい話題に対応していただきありがとうございます。
被災地の寺院は地元門徒のケアにあたり、他地域から救援に参加した僧侶は寺院施設のケアをしていた。
この理解でいいですか?
宗派によって違うのでしょうか?
 

幻のウイスキー

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月10日(木)13時18分0秒
返信・引用
  多比良ガネさんからラインが入りました。画像と共に「幻の秩父ウイスキー!が手に入り
ました」と。調べると、

イチローズモルト ミズナラウッドリザーブ リーフラベル700ml

「完売必至、世界から注目されるウイスキー、イチローズモルト」とある。
会社は埼玉県秩父にある「ベンチャーウイスキー」。常に完売状態。

創業者は肥土伊知郎(あくといちろう)。

飲んでみたい。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)13時12分27秒
返信・引用
  > No.20745[元記事へ]

まつをさん


>
> 熊本地震に対して、キリスト教界は時置くことなく人的救援隊を派遣していたんです。
>

高校時代の友人が、企業勤務の折、派遣先がドイツでした。
その地で、なにがきっかけだったのか、カトリックになりました。

今、彼は会社の世話で下請け企業の会社の雇われ社長をしていますが、
彼は、年収の10%を教会に寄付しています。
これは、クリスチャンとしては「決まり・掟」だからです。

で、まつをさん、あなた、自分の菩提寺に、年収の10%をお布施しています??

キリスト教教会と仏教界では、圧倒的に財政基盤の規模が違います。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)13時05分35秒
返信・引用
  > No.20745[元記事へ]

まつをさん

>
> しかし、熊本地震の際の仏教界の対応に失望しました。
> 当時の私のつぶやきを大分時間が経ちましたので書きますね。
>


各宗派とも青年会が多数現地入りしているはずです、そして、大手メディアは、仏教関係のボランティア活動に関しては、ほとんど報道しない。



副住職は、二週間に一度、熊本入りしていました。
そして、熊本現地では何をしていたか、といえば、被災寺院の支援。

実際、被災者への支援は、地元寺院が中心です。なぜならば、顔を知っているから。

彼らは、ほぼ、不眠不休で地元被災者のために走り回るのですが、彼ら自身も地震被災者。
でも、自分自身(の寺)の後始末は後回し。
その分、宗門青年会員がしていたのです。なにせ、お寺の什物(=備品)に関しては、お寺の人間しかわからないのだから。

昨年は、九州各県の宗門青年会が、割当表を作って八月末まで支援活動をしていました。

支援活動の経験で言えば、一番の必需品は、炊き出しセットだそうです。
今では、各県に一つ、炊き出しセットを持つようになりました。
 

制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)08時58分46秒
返信・引用 編集済
  「『あの世』を信じるか」という項目では、58年の調査では、「信じる」が20%、「信じてはいない」が59%を占めた。
2013年の調査では全体の40%が信じると回答、「信じてはいない」の33%を上回るといいます。(出典:AERA8月7日号)

ところが、2016年3月8日の記事で書かせていただいたとおり、お寺の衰退は深刻で、日本全国にある寺院のうち、
住職がいない「無住(むじゅう)寺院」の数は約7万7000のうちの2万。さらに宗教活動を停止している「不活動寺院」は2000カ寺以上。
住職がいる寺でも、檀家数の急激な減少により経済的に立ちゆかなくなっているところが大部分を占めるといいます。

私は仏教を愛し、親密なる僧侶の皆さんを敬愛しています。
しかし、熊本地震の際の仏教界の対応に失望しました。
当時の私のつぶやきを大分時間が経ちましたので書きますね。
--------------------------------------------

私は仏教が好き。これはもうはっきりしてます。

でもですね、この熊本地震への仏教界の対応を見ていまして、信徒として悔しいんです。


全日本仏教会のホームページで各宗派の熊本地震への対応を拝見しました。

失望。

仏閣などモノの被害を報告せよという本山の多いこと。門徒はどこいったのでしょう?

仏教界は、色即是空が日本的なスタンスと思ってました。

それが、信徒の身を案じ状況を求めるのではなく、施設の状況を求めている。なんなんでしょう?

門徒の死傷より、寺社という施設がどうなったか報告しろって。

なんなんでしょう、この宗教。

毎日お唱えになっている経典はなんなんでしょう。


「寺院消滅」って本を3月に話題としてました。あれは悔しいからです。愛する仏教寺院が消滅していくことが悔しいからです。

でも、今回の身近な熊本地震への仏教界の対応を見ていて、本当に残念ながら、無理なからんと思い始めています。


同門信徒の生きとし生きる者の傍らに添って、宗教者ではないのでしょうか。

被災地の同宗派の寺院に集結し、その門徒のもとに手分けして出かけ声を掛け、生きがいを見出させて差し上げる。そんなことお考えになってらっしゃらないのか?

かつての聖たちはそれをなさっていたはずです。


先日、熊本地震への鎮魂ということで、浄土真宗のトップがまつりごとをなさっている写真が掲載されていました。物凄い違和感。被災地ではトイレさえ不住しているのに、トップは金襴の衣を羽織って。


熊本地震に対して、キリスト教界は時置くことなく人的救援隊を派遣していたんです。

悔しかった。仏教界は施設の崩壊を報告せよ、ですよ。大組織でキリスト教は動いた。なのに。
 

 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)08時53分9秒
返信・引用
  散人さん、大閑道人さん、
表にアップいたしました。
 

「あらそい」を避けるには、

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)06時54分35秒
返信・引用
  > No.20742[元記事へ]

1 敵対するであろう相手の言い分を、いつでもなんでも全部呑んで、ヘコヘコすること。
2 敵対するであろう相手を完璧にぶっ潰して、相手を意のままに支配すること。

1を奴隷への道、といいます。
2は独裁専制への道、といいます。

どちらも正しくない。

そこで、第三の道として
> 他者、他国を尊重しながら到達する道

相手を立てて、自分のことも立ててもらって、
となるわけですが、
ここにこそ、叡智が必須になるわけです。

しかしながら、これは、お互いに共通する価値観がないと成立しません。

「一神教」や「原理主義」が対立を引き起こすのは、半ば必然でありましょう。
 

平和とは

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 9日(水)12時24分33秒
返信・引用
  平和と個人の幸せと似ていて、誰しも思うがなかなか達成し難いのであります。

それは達成への道筋が二つに分かれるからであります。

一つは 他者、他国を尊重しながら到達する道
一つは 他者、他国を抑圧しながら到達する道

であります、残念ながら一つめの道はなかなか採用されません。
 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 8日(火)18時33分17秒
返信・引用
  暑中鯨飲、お世話になりました。
表にアップしました。
 

暑中鯨飲。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 8日(火)15時24分1秒
返信・引用
  昨日午後から井上本田の「祈り展」に行った。

夕方まで会場にいて「まつを」さんに長崎に来てる旨伝えると直ぐ駆けつけて
くれた。閉館を期に二人で「いなほ」で一杯、飲んでるうちにKTN山本氏
も参加。60才過ぎのミニ「散人会」、岩永氏も来ていたのだが家に客人あり
とて帰る。

「いなほ」のあとウイズビル内の馴染みのバーに繰り出す、ママが島原時代から
の20年来の付き合いであります。わいわいと飲んだ。

深夜島原に帰ると行きつけのママが「はいお中元」とTシャツを渡してくれた。
白地に「EVERYDAY WEEkEND」のロゴが入っていた。
「フーミン(散人)にピッタリと思って」と笑いながら云った。
 

 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 7日(月)04時39分3秒
返信・引用
  製作スタッフとして
NHKはやはり特筆すべき力ですね。
あんなドラマを作れる底力は民放の及ばぬところです。
 

8・6

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 6日(日)18時09分35秒
返信・引用
  今日はヒロシマの日、安倍総理の話は「核保有国と非保有国の対話す我が国は推進し」
本当かな?

NHKで「東京裁判」のドラマがあった。
勿論日本は侵略の罪を逃れるものではないがインドのパル判事他数人は日本の
首脳の無罪を云った。無残な行為の連鎖を断ち切るために彼らは敢えて無罪を
主張したが、その後戦争は終わらなかった。
涙した。
 

(無題)

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 5日(土)16時36分34秒
返信・引用
  表にアップしました。  

やはりね。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 4日(金)14時01分31秒
返信・引用
  先日散人は自らの経験で、国または自治体の補助金を受けるときは事前
すり合わせを行う、と書いた。

今回の森友学園国有地取得に関して「詐欺罪で検挙」されたが昨日ANNが
森友側と大坂航空局、近畿財務省との事前打ち合わせメモを発見した。

財務省は国会答弁で「事前の価格打ち合わせはしていない」としてたが
このメモの発見で大きく揺らぐこと必至。
 

かっこいいと思います

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 8月 3日(木)18時27分21秒
返信・引用
  件のスーパーでのやりとり、十二分に成熟した大先輩達のかっこいい
やり取りだと思います。島原は男性陣も長生きなのですね、やっぱり。

僕は長生きできる自信は全くありませんが、スーパーや市場になら何
時間いても飽きない自信はあるのです(笑)。
 

立ち話

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 3日(木)14時41分47秒
返信・引用
  私は1人住まい歴23年のベテランなのでほぼ毎日スパーで買い物する。
島原もご多分にもれず高齢化一直線なのでいわゆる「孤食」食品の充実
は凄いものがある。野菜や肉にしても従来の量を買うと冷蔵庫の中が
在庫の山になったりする。まぁ残量を忘れたりするからだろうか?
「忘れる」のが高齢者の特徴でもあるのだ。

先日例によってスパーで物色していると、明らかに散人より高齢者と分かる
四人の男性(世間ではおじいちゃんとも云う)が涼しい店内で立ち話をしていた。

Bじいさん「Aさん、いくつになったですか?」
Aじいさん「92になりました」
BCDじいさん一斉に「ほうっ」と感嘆の声を挙げる。
Aじいさん「ばってん(しかし)、80代とコロッと違うて、90になるときつう
      なると」
Cじいさん「やっぱりそがんですか」
Aじいさん「みんなはいくつじゃったかな?」
3人順番に 「82」「85」「87」という。
Aじいさん「90過ぎると変わるよ」

 
 

悪を生み出すのは

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 3日(木)10時46分9秒
返信・引用
  ハンナ・アーレントン、ドイツ系ユダヤ人哲学者。1906~1975

2013年に映画「ハンナ・アーレントン」が公開された。

悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人がつくる。彼女の言葉。

著書「人間の条件」では、人は活動的生活の送らなければならないと言う。
労働、仕事、活動、思考が「活動的生活」の四条件という。

散人はもう年齢的に「労働、仕事、活動」が出来なくなりつつある、だから
最後に残された「思考」だけは手離したくないと思っている。
 

戦後の華

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 3日(木)01時57分9秒
返信・引用
  国家主義のプロパガンダとしての「映画」だった。今は商業主義のプロパガンダとしてのテレビ。
それと一線を画したのはやはりフランスの「ヌーベルバーグ」だったと思う。
じゃヌーベルバーグはなにを拠って立ったのかはやはりサルトルなどの「実存主義」
だった。衆より個なのだ。でジャンヌ・モローがいた。

しんのじさんのご母堂もどこかで女性としての「個」に惹かれたのだと思う、飽くまでも
推測ではありますが。アーレントンのいう「陳腐な全体主義」、それはヒットラーに
引きずられていく民のこと。戦後反措定としての「実存主義」を大衆レベルまでに提示
したヌーベル・バーグの華がジャンヌ・モローであった、と思う。
 

突然炎のごとく

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 8月 2日(水)11時40分25秒
返信・引用
  散人さん、凄い場面をたくさんご経験で、ただただ羨ましいとしか
言いようがありません・・・。トリュフォー監督作品の「突然炎の
ごとく」は、わが母の大好きな作品です。主役とは正反対の人生を
歩んだ母が、スクリーンの中に奔放な生き方を夢想していたのでし
ょう。

映画の中で、草原を歩くシーンだったか、童謡のようなシンプルで
親しみのあるフレーズを口ずさみながらスキップするようにジャン
ヌ・モローが歩いていく場面で、たしか母があの歌に合わせて小さ
く歌っていたのを、ふと思い出しました。
 

Re: 生を観た。

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 1日(火)17時57分31秒
返信・引用
  > No.20728[元記事へ]

表にアップいたしました。
 

無理筋

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 1日(火)13時58分0秒
返信・引用
  今回の籠池逮捕の理由が「詐欺罪」と報道され、あれれっと首をひねつた。

私も公的補助金を支給され福祉施設を建設した経験が数度あるが、水増し請求が
出来るほど行政側は甘くはない。各施設基準の坪単価がありそれを業者に示して
見積もりを取る。その間何度も行政とすり合わせを行う。とても「詐欺」なんか
出来る余地はない。

法の専門家に云わせると「補助金適正化違反」の罪状ではないのか、と。
となると行政側の責任もあるので微罪であるそうだ。
今後の推移を見守りたい。
 

生を観た。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 1日(火)10時27分36秒
返信・引用
  フランスの名女優、ジャンヌ・モローが亡くなった。89才。
1928年生まれ。

「現金に手を出すな」「死刑台のエレベーター」「雨のしのび逢い」など多数に出演。
 大人の女性の魅力が画面一杯に漂う女優だった。

 私はなんと「生モロー」を観たのだ。それは1990年2月2日から7日まで
 私の所属する劇場、新宿「シアター・アプル」にて彼女主演の演劇公演があった。
 27年前、御年60才を超えていた。

 演目は「ゼルリンヌの物語」、ヘルマン・ブロッホの原作である。
 「嗚呼 この人があのジャンヌ・モローか」といたく感激したのを憶えている。
 終演後楽屋出の折ファンを押しとどめるガードマン役をした時、散人に大女優が
 艶然と微笑みかけてくれたのを今でも思い出す。
 

 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 1日(火)03時32分1秒
返信・引用 編集済
  散人さんへ
記事を表にアップさせていただきました。
表は右派左派相対し、昔の文藝春秋の様相を呈しております(笑)。
 

そも何ぞや?

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月31日(月)14時44分37秒
返信・引用
  「政治哲学」とは?

近代政治哲学の礎はトマス・ホッブズ(1588年~1679年)イングランドの哲学者、
というのが定説になっている。

主著「リヴァイアサン」

近代以前の国家秩序
 王侯貴族の支配  王権神授説

ホッブズ以降
 人工国家論の提唱と社会契約説により近代的な政治哲学理論を基礎づけた。

 法の支配と市民社会 
 

日本版リベラル

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月31日(月)14時04分23秒
返信・引用
  最大の問題は、彼らが知的な人たちに見えて、実は根本の部分には政治哲学
を持っていないことだ。端的に云えば、日本の「リベラル」はリベラリズム
のような欧米の政治哲学とはほとんど何の関係もない。彼らの拠って立つのは
ただ「反権力」という立ち位置だけである。  佐々木俊尚
 

いいではないか。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月31日(月)13時15分54秒
返信・引用
  「モリカケ」、そば屋の出前じゃあるまいし。お隣さんの狂ったブタ男がミサイル発射
している今、呑気にそば屋談議している場合か。

都市部では保育園などの幼児教育や介護施設などの不足解消が喫緊の問題になっている
現状は全て「土地取得困難」が起因している。利益から比較すると地価が高すぎるのだ。
都市部はビジネスモデルで形成してきたから教育医療福祉などの非ビジネス系は適しない
のだ。

だから現有する自治体や国有地の無償提供も重要な解決策の一つであるのだが、この国の
民は騒ぐ。森友に八割引きで提供してもいいじゃないか。

旧弊な「教育勅語」を幼児に唱えさせるのはけしからん、と声高に言いつのる輩がいるが、
ではカトリックはどうか、プロテスタント、神社系、仏教系、創価、いろいろあることを
どう思うのか?

戦後、左翼系に染まった所謂「リベラル派」達がわいわい騒ぐ、多いのは朝日毎日のマスコミ、
巷では教職員。度し難いバカタレどもである。ベルリンの壁、旧ソ連崩壊後の世界を未だに
理解できないのだ。

教育医療介護は国のインフラである。公所有地を無償で与えよ。
 

これはいけない

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月29日(土)01時27分27秒
返信・引用
  今回のミサイル発射によって、米国が実動するでしょう。  

脱計画

 投稿者:thom  投稿日:2017年 7月28日(金)21時01分6秒
返信・引用
  ここ10年ほど、流されつつも少しずつ計画・実行に移している、脱Googleと、脱amazon。

双方とも日常生活にガッチリと食い込んできていて抜けるのが大変ですが、まずは地元に売って
いるものは地元で買う。通販を頼らざるをえないときにはまずはヨドバシ(笑)

検索エンジンに関してはかつては信頼していたけど、最近はまるでシドロモドロの某首相のようで
かなり真剣に脳内フィルターを掛ける必要があって、代わりを探しているところ。

ついでにChromeもやめようと思っていますが、これはAndroid携帯も代替えを探さなくてはならず
なかなか大変。

かといってWindows一辺倒も芸がないしなぁ。
 

前川の乱の遠因。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月28日(金)13時09分28秒
返信・引用
  加計学園問題で勃発した「前川証言」に端を発した今回の騒動。
どうも内閣府と所管省庁との主導権争いの様相を呈している。

前川氏の内閣府への遺恨は二年前の「新国立競技場建設」に遡る。
当初文科省が主体であったが(前川氏はNo2の審議官)、ゼネコンなどの
建設業界を仕切るノウハウがなく、1300億円の見積もりが2520億円
まで膨れ上がってしまった。これを憂慮した官邸は「安倍森会談」で所管を
文科省から取り上げ国土交通省に任せた。

以来前川氏の屈辱感は官邸就中内閣府の官僚に向けられた。人物としては
杉田官房副長官、和泉首相補佐官がターゲットになった。

新国立を1ラウンドとすると2ランウドめは、どの省庁にもある天下り斡旋の
責任を前川氏にかぶせた、3ラウンドめが今回の加計学園問題で前川氏が
先に仕掛けた。

どこかのテレビ局がドラマにすると大受けするのではないだろうか。
いずれにせよ安倍政権には熱い夏であろう。
 

プロガイド

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 7月27日(木)19時00分43秒
返信・引用
  まつをさんもご存知と思いますが、表のカヤッカーはプロガイドの
Iさんですね。ガイド業の合間に、全国各地に遠征に出かけられたり
もしてます。

少し羨ましい気もしますが、自然相手だしお客さんも不特定だし、
なかなか仕事としてやっていくのは大変ではないかと思います。彼
は日本一周漕破されており、経験豊富な方で、またしんのじの古く
からの漕ぎ仲間でもあります。今度また、職場研修中のブロンド美
人を連れて、彼のガイドによる長崎港モーニングツアーに参加した
いと思っています。
 

祈らない。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月27日(木)10時46分50秒
返信・引用
  私は「平和」を祈らない。祈りは論理から外れるので私の考える範疇ではない。

そこで「日米同盟のリアリズム」小川和久著、文春文庫を頼んだ。

「第二次朝鮮戦争」は起きるのか?
現在北朝鮮は核弾頭を搭載したミサイルを保有している。勿論日本も射程圏内ある。
一方日本は原爆5000個造れるプルトニュウムを持っていて3年もあれば
核を搭載した弾道ミサイルを製作可能である。

しかしこれは憲法違反であるしNPT(核拡散防止条約)違反でアメリカからも
抗議が出る。故に独自開発は非現実的である。

一方アメリカも日本の基地を失くすと東アジアの80%に出撃出来なくなる。
日本の基地が大事なのであって、一部知識人が云う日米同盟は「片務的」だ
というのは当たってない。むしろ「双務的」同盟である。

が概要。対外政策はリアリズムであって「祈り」で解決出来るものではない。
 

Re: なにを考えるの?

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月26日(水)20時57分51秒
返信・引用 編集済
  > No.20717[元記事へ]

あのね、哲学って概念を大切にするのね。
概念って形がないでしょ。
だから高次の概念ほど、デリケートな定義だらけになってるんです。
それはちょうど、いろんな角度から添え木がされた盆栽のようなもの。
だから、私の訳ってそのデリケートなところをぶった切った日本語なんです。
実は、巷で売ってある哲学解説書の多くが多少の差はあれそうです。
 

Re: なにを考えるの?

 投稿者:夕凪  投稿日:2017年 7月26日(水)19時45分20秒
返信・引用
  まつを先生、懇切丁寧な解説まことに勉強になります!

今さらながら、日本語をさらに日本語に訳す、哲学はとてつもない世界であります。

> うへっ、難し。訳しちゃお。
>
> アリストテレス「命題論」4章
>
> 言葉ってなね、論理的にいつも使うってわけじゃなくてね。
> たとえば、詩とか論理的じゃないし、聴衆の心を動かすための技術である弁論なんてのも、実は論理じゃないんだよね。
> だ~か~ら~、そんなのは、ここでは考えないでおこう。
> 論理的な言葉の使い方について、ここでは考えていこうね。
 

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