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Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)15時43分26秒
返信・引用
  > No.20749[元記事へ]

まつをさん


> 被災地の寺院は地元門徒のケアにあたり、他地域から救援に参加した僧侶は寺院施設のケアをしていた。
> この理解でいいですか?

支援活動をした人によれば、災害発生時から時間経過とともに、地元被災寺院のケアの割合は減り、そこそこの避難施設の支援に向かうようになった、ということでした。
 
 

似てる神仏

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月10日(木)14時40分17秒
返信・引用
  資本主義の源流はプロテスタンティズムと看破したのは「M・ウエバー」であります。

ところが日本においてそれと類似性が見られる宗派がある。
近江商人であります。近江商人は浄土真宗の信者が多かった。
宗教と職業倫理の仏教バージョン。

勤勉・倹約・正直・善行などの通俗道徳を唱えること浄土真宗とプロテスタント
は極めて近い。
「行動学会より」
 

Re: 幻のウイスキー

 投稿者:多比良がね  投稿日:2017年 8月10日(木)14時36分45秒
返信・引用
  まつをさん

皆さんで飲みましょう!

> 田屋敷酒散人さん、多比良ガネさん
> イチローズモルト、その高名は耳にしておりました。
> 一杯飲ませていただけませんか。
 

Re: 幻のウイスキー

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)14時34分27秒
返信・引用
  > No.20750[元記事へ]

田屋敷酒散人さん、多比良ガネさん
イチローズモルト、その高名は耳にしておりました。
一杯飲ませていただけませんか。
 

考えるということ

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)14時29分37秒
返信・引用 編集済
  仮に自分の属する組織が体質的問題を抱えている時に、そこに属している人に「責任を感じ」させたいとはまったく思っておりません。
このような公的な場で各組織の話題を論じる時、各論者を公開処刑するようなことはやってはいけないことだと思っています。
それは愚者が行うことです。

「だから公務員は」「だから韓国人は」「だから黒人は」などという論調は、そこに属する人をステレオタイプ化すること。愚かです。
このような話題を採り上げる場合、論じ、考えたいのであります。

ですから、自分のことに引きつけ過ぎますと、ディフェンス思考に陥り、思考に伸びがなくなることも私たちは承知しておかねばなりません。

純粋に考えてみたいのです。
 

Re: 幻のウイスキー

 投稿者:多比良ガネ  投稿日:2017年 8月10日(木)14時29分0秒
返信・引用
  > No.20748[元記事へ]

田屋敷酒散人さん

> 多比良ガネさんからラインが入りました。画像と共に「幻の秩父ウイスキー!が手に入り
> ました

の画像です 本物のみたいですよね!(笑)
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)13時35分28秒
返信・引用
  > No.20746[元記事へ]

大閑道人さん
お応えにくい話題に対応していただきありがとうございます。
被災地の寺院は地元門徒のケアにあたり、他地域から救援に参加した僧侶は寺院施設のケアをしていた。
この理解でいいですか?
宗派によって違うのでしょうか?
 

幻のウイスキー

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月10日(木)13時18分0秒
返信・引用
  多比良ガネさんからラインが入りました。画像と共に「幻の秩父ウイスキー!が手に入り
ました」と。調べると、

イチローズモルト ミズナラウッドリザーブ リーフラベル700ml

「完売必至、世界から注目されるウイスキー、イチローズモルト」とある。
会社は埼玉県秩父にある「ベンチャーウイスキー」。常に完売状態。

創業者は肥土伊知郎(あくといちろう)。

飲んでみたい。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)13時12分27秒
返信・引用
  > No.20745[元記事へ]

まつをさん


>
> 熊本地震に対して、キリスト教界は時置くことなく人的救援隊を派遣していたんです。
>

高校時代の友人が、企業勤務の折、派遣先がドイツでした。
その地で、なにがきっかけだったのか、カトリックになりました。

今、彼は会社の世話で下請け企業の会社の雇われ社長をしていますが、
彼は、年収の10%を教会に寄付しています。
これは、クリスチャンとしては「決まり・掟」だからです。

で、まつをさん、あなた、自分の菩提寺に、年収の10%をお布施しています??

キリスト教教会と仏教界では、圧倒的に財政基盤の規模が違います。
 

Re: 制度としての仏教

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)13時05分35秒
返信・引用
  > No.20745[元記事へ]

まつをさん

>
> しかし、熊本地震の際の仏教界の対応に失望しました。
> 当時の私のつぶやきを大分時間が経ちましたので書きますね。
>


各宗派とも青年会が多数現地入りしているはずです、そして、大手メディアは、仏教関係のボランティア活動に関しては、ほとんど報道しない。



副住職は、二週間に一度、熊本入りしていました。
そして、熊本現地では何をしていたか、といえば、被災寺院の支援。

実際、被災者への支援は、地元寺院が中心です。なぜならば、顔を知っているから。

彼らは、ほぼ、不眠不休で地元被災者のために走り回るのですが、彼ら自身も地震被災者。
でも、自分自身(の寺)の後始末は後回し。
その分、宗門青年会員がしていたのです。なにせ、お寺の什物(=備品)に関しては、お寺の人間しかわからないのだから。

昨年は、九州各県の宗門青年会が、割当表を作って八月末まで支援活動をしていました。

支援活動の経験で言えば、一番の必需品は、炊き出しセットだそうです。
今では、各県に一つ、炊き出しセットを持つようになりました。
 

制度としての仏教

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)08時58分46秒
返信・引用 編集済
  「『あの世』を信じるか」という項目では、58年の調査では、「信じる」が20%、「信じてはいない」が59%を占めた。
2013年の調査では全体の40%が信じると回答、「信じてはいない」の33%を上回るといいます。(出典:AERA8月7日号)

ところが、2016年3月8日の記事で書かせていただいたとおり、お寺の衰退は深刻で、日本全国にある寺院のうち、
住職がいない「無住(むじゅう)寺院」の数は約7万7000のうちの2万。さらに宗教活動を停止している「不活動寺院」は2000カ寺以上。
住職がいる寺でも、檀家数の急激な減少により経済的に立ちゆかなくなっているところが大部分を占めるといいます。

私は仏教を愛し、親密なる僧侶の皆さんを敬愛しています。
しかし、熊本地震の際の仏教界の対応に失望しました。
当時の私のつぶやきを大分時間が経ちましたので書きますね。
--------------------------------------------

私は仏教が好き。これはもうはっきりしてます。

でもですね、この熊本地震への仏教界の対応を見ていまして、信徒として悔しいんです。


全日本仏教会のホームページで各宗派の熊本地震への対応を拝見しました。

失望。

仏閣などモノの被害を報告せよという本山の多いこと。門徒はどこいったのでしょう?

仏教界は、色即是空が日本的なスタンスと思ってました。

それが、信徒の身を案じ状況を求めるのではなく、施設の状況を求めている。なんなんでしょう?

門徒の死傷より、寺社という施設がどうなったか報告しろって。

なんなんでしょう、この宗教。

毎日お唱えになっている経典はなんなんでしょう。


「寺院消滅」って本を3月に話題としてました。あれは悔しいからです。愛する仏教寺院が消滅していくことが悔しいからです。

でも、今回の身近な熊本地震への仏教界の対応を見ていて、本当に残念ながら、無理なからんと思い始めています。


同門信徒の生きとし生きる者の傍らに添って、宗教者ではないのでしょうか。

被災地の同宗派の寺院に集結し、その門徒のもとに手分けして出かけ声を掛け、生きがいを見出させて差し上げる。そんなことお考えになってらっしゃらないのか?

かつての聖たちはそれをなさっていたはずです。


先日、熊本地震への鎮魂ということで、浄土真宗のトップがまつりごとをなさっている写真が掲載されていました。物凄い違和感。被災地ではトイレさえ不住しているのに、トップは金襴の衣を羽織って。


熊本地震に対して、キリスト教界は時置くことなく人的救援隊を派遣していたんです。

悔しかった。仏教界は施設の崩壊を報告せよ、ですよ。大組織でキリスト教は動いた。なのに。
 

 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月10日(木)08時53分9秒
返信・引用
  散人さん、大閑道人さん、
表にアップいたしました。
 

「あらそい」を避けるには、

 投稿者:大閑道人  投稿日:2017年 8月10日(木)06時54分35秒
返信・引用
  > No.20742[元記事へ]

1 敵対するであろう相手の言い分を、いつでもなんでも全部呑んで、ヘコヘコすること。
2 敵対するであろう相手を完璧にぶっ潰して、相手を意のままに支配すること。

1を奴隷への道、といいます。
2は独裁専制への道、といいます。

どちらも正しくない。

そこで、第三の道として
> 他者、他国を尊重しながら到達する道

相手を立てて、自分のことも立ててもらって、
となるわけですが、
ここにこそ、叡智が必須になるわけです。

しかしながら、これは、お互いに共通する価値観がないと成立しません。

「一神教」や「原理主義」が対立を引き起こすのは、半ば必然でありましょう。
 

平和とは

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 9日(水)12時24分33秒
返信・引用
  平和と個人の幸せと似ていて、誰しも思うがなかなか達成し難いのであります。

それは達成への道筋が二つに分かれるからであります。

一つは 他者、他国を尊重しながら到達する道
一つは 他者、他国を抑圧しながら到達する道

であります、残念ながら一つめの道はなかなか採用されません。
 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 8日(火)18時33分17秒
返信・引用
  暑中鯨飲、お世話になりました。
表にアップしました。
 

暑中鯨飲。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 8日(火)15時24分1秒
返信・引用
  昨日午後から井上本田の「祈り展」に行った。

夕方まで会場にいて「まつを」さんに長崎に来てる旨伝えると直ぐ駆けつけて
くれた。閉館を期に二人で「いなほ」で一杯、飲んでるうちにKTN山本氏
も参加。60才過ぎのミニ「散人会」、岩永氏も来ていたのだが家に客人あり
とて帰る。

「いなほ」のあとウイズビル内の馴染みのバーに繰り出す、ママが島原時代から
の20年来の付き合いであります。わいわいと飲んだ。

深夜島原に帰ると行きつけのママが「はいお中元」とTシャツを渡してくれた。
白地に「EVERYDAY WEEkEND」のロゴが入っていた。
「フーミン(散人)にピッタリと思って」と笑いながら云った。
 

 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 7日(月)04時39分3秒
返信・引用
  製作スタッフとして
NHKはやはり特筆すべき力ですね。
あんなドラマを作れる底力は民放の及ばぬところです。
 

8・6

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 6日(日)18時09分35秒
返信・引用
  今日はヒロシマの日、安倍総理の話は「核保有国と非保有国の対話す我が国は推進し」
本当かな?

NHKで「東京裁判」のドラマがあった。
勿論日本は侵略の罪を逃れるものではないがインドのパル判事他数人は日本の
首脳の無罪を云った。無残な行為の連鎖を断ち切るために彼らは敢えて無罪を
主張したが、その後戦争は終わらなかった。
涙した。
 

(無題)

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 5日(土)16時36分34秒
返信・引用
  表にアップしました。  

やはりね。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 4日(金)14時01分31秒
返信・引用
  先日散人は自らの経験で、国または自治体の補助金を受けるときは事前
すり合わせを行う、と書いた。

今回の森友学園国有地取得に関して「詐欺罪で検挙」されたが昨日ANNが
森友側と大坂航空局、近畿財務省との事前打ち合わせメモを発見した。

財務省は国会答弁で「事前の価格打ち合わせはしていない」としてたが
このメモの発見で大きく揺らぐこと必至。
 

かっこいいと思います

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 8月 3日(木)18時27分21秒
返信・引用
  件のスーパーでのやりとり、十二分に成熟した大先輩達のかっこいい
やり取りだと思います。島原は男性陣も長生きなのですね、やっぱり。

僕は長生きできる自信は全くありませんが、スーパーや市場になら何
時間いても飽きない自信はあるのです(笑)。
 

立ち話

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 3日(木)14時41分47秒
返信・引用
  私は1人住まい歴23年のベテランなのでほぼ毎日スパーで買い物する。
島原もご多分にもれず高齢化一直線なのでいわゆる「孤食」食品の充実
は凄いものがある。野菜や肉にしても従来の量を買うと冷蔵庫の中が
在庫の山になったりする。まぁ残量を忘れたりするからだろうか?
「忘れる」のが高齢者の特徴でもあるのだ。

先日例によってスパーで物色していると、明らかに散人より高齢者と分かる
四人の男性(世間ではおじいちゃんとも云う)が涼しい店内で立ち話をしていた。

Bじいさん「Aさん、いくつになったですか?」
Aじいさん「92になりました」
BCDじいさん一斉に「ほうっ」と感嘆の声を挙げる。
Aじいさん「ばってん(しかし)、80代とコロッと違うて、90になるときつう
      なると」
Cじいさん「やっぱりそがんですか」
Aじいさん「みんなはいくつじゃったかな?」
3人順番に 「82」「85」「87」という。
Aじいさん「90過ぎると変わるよ」

 
 

悪を生み出すのは

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 3日(木)10時46分9秒
返信・引用
  ハンナ・アーレントン、ドイツ系ユダヤ人哲学者。1906~1975

2013年に映画「ハンナ・アーレントン」が公開された。

悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人がつくる。彼女の言葉。

著書「人間の条件」では、人は活動的生活の送らなければならないと言う。
労働、仕事、活動、思考が「活動的生活」の四条件という。

散人はもう年齢的に「労働、仕事、活動」が出来なくなりつつある、だから
最後に残された「思考」だけは手離したくないと思っている。
 

戦後の華

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 3日(木)01時57分9秒
返信・引用
  国家主義のプロパガンダとしての「映画」だった。今は商業主義のプロパガンダとしてのテレビ。
それと一線を画したのはやはりフランスの「ヌーベルバーグ」だったと思う。
じゃヌーベルバーグはなにを拠って立ったのかはやはりサルトルなどの「実存主義」
だった。衆より個なのだ。でジャンヌ・モローがいた。

しんのじさんのご母堂もどこかで女性としての「個」に惹かれたのだと思う、飽くまでも
推測ではありますが。アーレントンのいう「陳腐な全体主義」、それはヒットラーに
引きずられていく民のこと。戦後反措定としての「実存主義」を大衆レベルまでに提示
したヌーベル・バーグの華がジャンヌ・モローであった、と思う。
 

突然炎のごとく

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 8月 2日(水)11時40分25秒
返信・引用
  散人さん、凄い場面をたくさんご経験で、ただただ羨ましいとしか
言いようがありません・・・。トリュフォー監督作品の「突然炎の
ごとく」は、わが母の大好きな作品です。主役とは正反対の人生を
歩んだ母が、スクリーンの中に奔放な生き方を夢想していたのでし
ょう。

映画の中で、草原を歩くシーンだったか、童謡のようなシンプルで
親しみのあるフレーズを口ずさみながらスキップするようにジャン
ヌ・モローが歩いていく場面で、たしか母があの歌に合わせて小さ
く歌っていたのを、ふと思い出しました。
 

Re: 生を観た。

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 1日(火)17時57分31秒
返信・引用
  > No.20728[元記事へ]

表にアップいたしました。
 

無理筋

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 1日(火)13時58分0秒
返信・引用
  今回の籠池逮捕の理由が「詐欺罪」と報道され、あれれっと首をひねつた。

私も公的補助金を支給され福祉施設を建設した経験が数度あるが、水増し請求が
出来るほど行政側は甘くはない。各施設基準の坪単価がありそれを業者に示して
見積もりを取る。その間何度も行政とすり合わせを行う。とても「詐欺」なんか
出来る余地はない。

法の専門家に云わせると「補助金適正化違反」の罪状ではないのか、と。
となると行政側の責任もあるので微罪であるそうだ。
今後の推移を見守りたい。
 

生を観た。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 8月 1日(火)10時27分36秒
返信・引用
  フランスの名女優、ジャンヌ・モローが亡くなった。89才。
1928年生まれ。

「現金に手を出すな」「死刑台のエレベーター」「雨のしのび逢い」など多数に出演。
 大人の女性の魅力が画面一杯に漂う女優だった。

 私はなんと「生モロー」を観たのだ。それは1990年2月2日から7日まで
 私の所属する劇場、新宿「シアター・アプル」にて彼女主演の演劇公演があった。
 27年前、御年60才を超えていた。

 演目は「ゼルリンヌの物語」、ヘルマン・ブロッホの原作である。
 「嗚呼 この人があのジャンヌ・モローか」といたく感激したのを憶えている。
 終演後楽屋出の折ファンを押しとどめるガードマン役をした時、散人に大女優が
 艶然と微笑みかけてくれたのを今でも思い出す。
 

 

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 8月 1日(火)03時32分1秒
返信・引用 編集済
  散人さんへ
記事を表にアップさせていただきました。
表は右派左派相対し、昔の文藝春秋の様相を呈しております(笑)。
 

そも何ぞや?

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月31日(月)14時44分37秒
返信・引用
  「政治哲学」とは?

近代政治哲学の礎はトマス・ホッブズ(1588年~1679年)イングランドの哲学者、
というのが定説になっている。

主著「リヴァイアサン」

近代以前の国家秩序
 王侯貴族の支配  王権神授説

ホッブズ以降
 人工国家論の提唱と社会契約説により近代的な政治哲学理論を基礎づけた。

 法の支配と市民社会 
 

日本版リベラル

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月31日(月)14時04分23秒
返信・引用
  最大の問題は、彼らが知的な人たちに見えて、実は根本の部分には政治哲学
を持っていないことだ。端的に云えば、日本の「リベラル」はリベラリズム
のような欧米の政治哲学とはほとんど何の関係もない。彼らの拠って立つのは
ただ「反権力」という立ち位置だけである。  佐々木俊尚
 

いいではないか。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月31日(月)13時15分54秒
返信・引用
  「モリカケ」、そば屋の出前じゃあるまいし。お隣さんの狂ったブタ男がミサイル発射
している今、呑気にそば屋談議している場合か。

都市部では保育園などの幼児教育や介護施設などの不足解消が喫緊の問題になっている
現状は全て「土地取得困難」が起因している。利益から比較すると地価が高すぎるのだ。
都市部はビジネスモデルで形成してきたから教育医療福祉などの非ビジネス系は適しない
のだ。

だから現有する自治体や国有地の無償提供も重要な解決策の一つであるのだが、この国の
民は騒ぐ。森友に八割引きで提供してもいいじゃないか。

旧弊な「教育勅語」を幼児に唱えさせるのはけしからん、と声高に言いつのる輩がいるが、
ではカトリックはどうか、プロテスタント、神社系、仏教系、創価、いろいろあることを
どう思うのか?

戦後、左翼系に染まった所謂「リベラル派」達がわいわい騒ぐ、多いのは朝日毎日のマスコミ、
巷では教職員。度し難いバカタレどもである。ベルリンの壁、旧ソ連崩壊後の世界を未だに
理解できないのだ。

教育医療介護は国のインフラである。公所有地を無償で与えよ。
 

これはいけない

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月29日(土)01時27分27秒
返信・引用
  今回のミサイル発射によって、米国が実動するでしょう。  

脱計画

 投稿者:thom  投稿日:2017年 7月28日(金)21時01分6秒
返信・引用
  ここ10年ほど、流されつつも少しずつ計画・実行に移している、脱Googleと、脱amazon。

双方とも日常生活にガッチリと食い込んできていて抜けるのが大変ですが、まずは地元に売って
いるものは地元で買う。通販を頼らざるをえないときにはまずはヨドバシ(笑)

検索エンジンに関してはかつては信頼していたけど、最近はまるでシドロモドロの某首相のようで
かなり真剣に脳内フィルターを掛ける必要があって、代わりを探しているところ。

ついでにChromeもやめようと思っていますが、これはAndroid携帯も代替えを探さなくてはならず
なかなか大変。

かといってWindows一辺倒も芸がないしなぁ。
 

前川の乱の遠因。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月28日(金)13時09分28秒
返信・引用
  加計学園問題で勃発した「前川証言」に端を発した今回の騒動。
どうも内閣府と所管省庁との主導権争いの様相を呈している。

前川氏の内閣府への遺恨は二年前の「新国立競技場建設」に遡る。
当初文科省が主体であったが(前川氏はNo2の審議官)、ゼネコンなどの
建設業界を仕切るノウハウがなく、1300億円の見積もりが2520億円
まで膨れ上がってしまった。これを憂慮した官邸は「安倍森会談」で所管を
文科省から取り上げ国土交通省に任せた。

以来前川氏の屈辱感は官邸就中内閣府の官僚に向けられた。人物としては
杉田官房副長官、和泉首相補佐官がターゲットになった。

新国立を1ラウンドとすると2ランウドめは、どの省庁にもある天下り斡旋の
責任を前川氏にかぶせた、3ラウンドめが今回の加計学園問題で前川氏が
先に仕掛けた。

どこかのテレビ局がドラマにすると大受けするのではないだろうか。
いずれにせよ安倍政権には熱い夏であろう。
 

プロガイド

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 7月27日(木)19時00分43秒
返信・引用
  まつをさんもご存知と思いますが、表のカヤッカーはプロガイドの
Iさんですね。ガイド業の合間に、全国各地に遠征に出かけられたり
もしてます。

少し羨ましい気もしますが、自然相手だしお客さんも不特定だし、
なかなか仕事としてやっていくのは大変ではないかと思います。彼
は日本一周漕破されており、経験豊富な方で、またしんのじの古く
からの漕ぎ仲間でもあります。今度また、職場研修中のブロンド美
人を連れて、彼のガイドによる長崎港モーニングツアーに参加した
いと思っています。
 

祈らない。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月27日(木)10時46分50秒
返信・引用
  私は「平和」を祈らない。祈りは論理から外れるので私の考える範疇ではない。

そこで「日米同盟のリアリズム」小川和久著、文春文庫を頼んだ。

「第二次朝鮮戦争」は起きるのか?
現在北朝鮮は核弾頭を搭載したミサイルを保有している。勿論日本も射程圏内ある。
一方日本は原爆5000個造れるプルトニュウムを持っていて3年もあれば
核を搭載した弾道ミサイルを製作可能である。

しかしこれは憲法違反であるしNPT(核拡散防止条約)違反でアメリカからも
抗議が出る。故に独自開発は非現実的である。

一方アメリカも日本の基地を失くすと東アジアの80%に出撃出来なくなる。
日本の基地が大事なのであって、一部知識人が云う日米同盟は「片務的」だ
というのは当たってない。むしろ「双務的」同盟である。

が概要。対外政策はリアリズムであって「祈り」で解決出来るものではない。
 

Re: なにを考えるの?

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月26日(水)20時57分51秒
返信・引用 編集済
  > No.20717[元記事へ]

あのね、哲学って概念を大切にするのね。
概念って形がないでしょ。
だから高次の概念ほど、デリケートな定義だらけになってるんです。
それはちょうど、いろんな角度から添え木がされた盆栽のようなもの。
だから、私の訳ってそのデリケートなところをぶった切った日本語なんです。
実は、巷で売ってある哲学解説書の多くが多少の差はあれそうです。
 

Re: なにを考えるの?

 投稿者:夕凪  投稿日:2017年 7月26日(水)19時45分20秒
返信・引用
  まつを先生、懇切丁寧な解説まことに勉強になります!

今さらながら、日本語をさらに日本語に訳す、哲学はとてつもない世界であります。

> うへっ、難し。訳しちゃお。
>
> アリストテレス「命題論」4章
>
> 言葉ってなね、論理的にいつも使うってわけじゃなくてね。
> たとえば、詩とか論理的じゃないし、聴衆の心を動かすための技術である弁論なんてのも、実は論理じゃないんだよね。
> だ~か~ら~、そんなのは、ここでは考えないでおこう。
> 論理的な言葉の使い方について、ここでは考えていこうね。
 

39条

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月26日(水)15時25分6秒
返信・引用
  あの痛ましい「相模原事件」から今日は一年目に当たります。

現状は裁判所における公判の見通しが立ってない情況です。
何故なら検察側精神鑑定が異例の五ヶ月かかりました。
裁判では弁護側の鑑定が行われるのは必至でありまたどれぐらい月日が
かかるのか分からない状態であります。

皆さんご承知のように刑法39条に、1、心神喪失者の行為は罰しない、2、・・・
はその罪を軽減する。
とあり弁護側は頑張るだろうということです。

39条は日本は明治になってドイツ法を倣って条文化しましたが、ドイツ法は
ローマ法に倣っています。意外と古くから「心神喪失者免責」は存在しました。
 

Re: なにを考えるの?

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月26日(水)02時38分42秒
返信・引用
  > No.20711[元記事へ]

うへっ、難し。訳しちゃお。

アリストテレス「命題論」4章

言葉ってなね、論理的にいつも使うってわけじゃなくてね。
たとえば、詩とか論理的じゃないし、聴衆の心を動かすための技術である弁論なんてのも、実は論理じゃないんだよね。
だ~か~ら~、そんなのは、ここでは考えないでおこう。
論理的な言葉の使い方について、ここでは考えていこうね。
 

おそるべしクッキングチーム

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月25日(火)19時12分32秒
返信・引用
  その対応の早いこと。  

そうです。

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月25日(火)18時37分7秒
返信・引用
  当然ニーチエも引き継いでいるから当然そうでしょう。
社会科学というのでしょう。
 

アリストテレス

 投稿者:夕凪  投稿日:2017年 7月25日(火)17時40分41秒
返信・引用
  的外れな意見だとはおもうのですが…

祈りの言葉などは考察対象から除外するという部分は、ニーチェの「神は死んだ」に通ずる印象を受けます。

真か偽か、答えを導きだせる言葉というものが哲学的という解釈になるのでしょうか。
 

なにを考えるの?

 投稿者:田屋敷酒散人  投稿日:2017年 7月25日(火)12時57分44秒
返信・引用
  「まつを」さんの「阪大学部長式辞」でかって学習したことを思い出した。

アリストテレス「命題論」4章

 言表はすべて対象を表示するものだが、道具のようにではなく、すでに述べられた
 ように、取り決めによって表示するものである。また全ての言表が命題的である
 わけでもなく、真または偽である言表が命題的である。例えば祈りの言葉は言表
 ではあるが、真でも偽でもないように、すべての言表が真であったり偽であったり
 する訳でではない。しかしこういった他の種類の言表は考察対象から除外すること
 にしよう。そうした言表の考察は現在の研究よりも弁論や詩作の研究で行われる
 ものだから。そして命題的言表が現在の考察対象である。

 哲学的文とは命題的文のことである、と明確にアリストテレスは云っている。
 

Re: 生ハム完成

 投稿者:機械屋  投稿日:2017年 7月25日(火)08時59分42秒
返信・引用
  > No.20709[元記事へ]

しんのじさん、あめこんこさん

同様に参加でお願いします。

> しんのじさん、例の生ハムがとうとうですか!
> ぜひとも、生ハム完成記念パーティに同行させてください。
>
> 10月の上旬は出張予定が入っているで、その日程でないことを祈ります!
> この暑い夏を無事に越して欲しいですね。←主語は生ハム
 

生ハム完成

 投稿者:あめこんこ  投稿日:2017年 7月25日(火)08時19分30秒
返信・引用 編集済
  しんのじさん、例の生ハムがとうとうですか!
ぜひとも、生ハム完成記念パーティに同行させてください。

10月の上旬は出張予定が入っているで、その日程でないことを祈ります!
この暑い夏を無事に越して欲しいですね。←主語は生ハム
 

夏は来ぬ ほか

 投稿者:しんのじ  投稿日:2017年 7月25日(火)00時49分38秒
返信・引用
  国や地方の林業行政の拙さが元凶となったような各地の豪雨被害を経て、
どうやら日本列島にも本格的な夏が到来したようです。4、5年前から、
自宅ではほぼ一切冷房を使わなくなった(音楽室だけは別(笑))のです
が、居間である2階の部屋は、早くも32度オーバー。扇風機でどうにか
外気を回し、今から約ひと月半、家で発汗しながら過ごす生活を楽しむ
こととしましょう。

業務レンラク:機械屋さん、あめこんこさん、例の生ハムの完成パーテ
ィー(たぶん配布前の)が、仕込みと同じ場所で10月にあるようです。
有償となりそうですが、ご参加希望の有無をお知らせ下さい。

 

Re: なんでも屋

 投稿者:いわ  投稿日:2017年 7月24日(月)19時57分12秒
返信・引用
  私が学生の頃(今もかも)、私の母校では畜産の学生の実習最大のイニシェーションイベントは、豚の去勢でした。
専用の器具が、あるのでクリーンに一瞬でたいした出血もなく終わるのですが、どうしてもできない学生もいます。それで単位を失うことはないのですが、成績は下がります。

牡牛の去勢もあるのですが、こっちは大きなヘアクリップみたいので、袋の根元を挟むだけで、何かを切り落とすというショッキングな光景にはならないので、豚ほどの大事ではなかったですね。

田屋敷酒散人さん

> しんのじさんの話で思い出しました。
>
> 昭和30年代、私の父は当時では島原市内唯一の精神科医でした。市内の郊外の
> 杉谷村に病院はありました。医師は父ともう一人居たがその人は超高齢でした。
> 父には村中からいろんなことが舞込んできました。精神科以外に、
>
> ・人のお産
> ・牛馬のお産
> ・怪我の治療
> ・往診
> ・今で云う最期の看取り
> ・ブタの去勢
> ・小学校の校医(当時はやたらと予防接種が多かった)
> ・骨折の治療
> ・馬の種付けの指導
>
> 特に思い出すのはブタの去勢です。病院の庭に数人の男たちがブタを押さえつけ
> 父がメスでもってブタの睾丸を切り落とすのです。ブタの断末魔の声が悲しみ
> に満ちた大音声があたりに響き渡る、血が大量に流れ出る、のを見てまだ小学生
> だった私はその場で立ちすくみ震えておりました。
>
 

文学部って何の役に立つの? 阪大学部長の式辞

 投稿者:まつを  投稿日:2017年 7月24日(月)18時40分16秒
返信・引用
  以下引用
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170723-00000001-withnews-sci


 「みなさま、本日はご卒業・修了まことにおめでとうございます」と始まり、ここ数年間の文学部・文学研究科をめぐる社会の動向について、「人文学への風当たりが一段と厳しさを増した時期であったとみることが出来るでしょう」とふり返ります。

 「税金を投入する国立大学では、イノベーションにつながる理系に重点を置き、文系は私学に任せるべき」といった意見が出たことなどを挙げながら、「文学部で学ぶ哲学・史学・文学・芸術学等の学問を学ぶことの意義は、どのように答えたらよいのでしょうか」と問いかけます。

 「医学部」「工学部」「法学部」「経済学部」などの実例を挙げた上で、「先に挙げた学部よりはるかに少なそうです。つまり、文学部で学んだ事柄は、職業訓練ではなく、また生命や生活の利便性、社会の維持・管理と直接結びつく物ではない、ということです」とした上で、こう述べます。

 ◇ ◇ ◇

 「しかし、文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」

 「今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます」

 「恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です」

 「その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう」

 「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです」
 

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