日本をまもる会 掲示板

この掲示板は、基本的には思想信条を問わず自由闊達な意見交換の場にしたいと考えております。ただし、過激な言葉による誹謗中傷などのコメントについては、当会ならびに当掲示板の品性を貶めるものとみなし、管理者の判断において削除させていただきます。品格と教養の高い日本人としての矜持を以て節度ある書き込みをお願い申し上げます。



カテゴリ:[ その他 ] キーワード: 日本 政治 愛国


新着順:8/568


[764] 南北朝に関する私見

投稿者: 針原崇志 投稿日:2019年11月24日(日)23時48分53秒   通報   返信・引用   編集済

伊那さん、名無しの権兵衛さん、こんばんは。

伊那さん、丁重なる訂正をいただきありがとうございます。

>正確には国際的な正式な承認ではなく、誰が見ても聞いても恥ずかしくない品格のような物という意味です
>極端な話「あの国、大なんかつけちゃって恥ずかしいね」と言われるか? 言われないか? という意味です
ということであれば、なるほど納得です。

「大日本帝国憲法」の制定に際して、「大」を冠するか否か、議論もあったそうですが
あえて「大」を付けたのは、それに恥じない国づくりを目指そうという意気込みからかもしれませんね。

また、南北朝に関するお話は、とても参考になりました。
幅広くさまざまな分野に精通しておられることに、つくづく感服いたします。

しかも、安濃豊というマイナーな存在までご存知とは恐れ入りました(笑)
伊那さんも、あのめんどくさいアホには絶対に関わらないほうがいいですよ。

―――――――――――――――

名無しの権兵衛さん、返信ありがとうございます。

南北朝あるいは吉野朝に関しては深い見識などなく、勉強しながらの議論ですので
時にトンチンカンな記述があるかもしれませんが
その際には、ご指摘いただけると幸いです。

・・・・・

まず、室町幕府についてですが
名無しの権兵衛さんからいただいた >>755 のコメント
>質問です!!針原さんは室町幕府も認めているのですか?
との御質問からは、名無しの権兵衛さんは室町幕府を認めておられないように拝察しますが
たとえば、戦時中の昭和18年に書かれた国民学校初等科の国史の教科書にも
室町幕府について、ちゃんと記述されています。

もっとも、幕府を開いたのは、足利尊氏ではなく
南北朝合一の後に第百代 後小松天皇によって征夷大将軍に任ぜられた足利義満が
幕府を開いたということになっていますけれども
室町幕府の存在自体は否定されていません。

その箇所を抜粋すると、以下の通りです。

「(足利義満は)後亀山天皇におわびして、京都へお帰りくださるよう、ひたすらお願い申しあげました。
天皇は、義満の願いをお聞きとどけになって、めでたく京都に還幸あらせられ、
まもなく、御位を第百代 後小松天皇におゆずりになりました。
紀元二千五十二年、元中九年のことであります。
義満は、朝廷にお仕えして征夷大将軍に任じられ、京都の室町に幕府を開きました。」
(三浦小太郎解説『〔復刻版〕初等科国史』p102)

このように、南朝を正統とする立場であっても
少なくとも南北朝合一以降は室町幕府の存在を認めている以上、
もし「足利憎し」で室町幕府の存在そのものを全否定なさっているのだとするならば
それは如何なものかと思います。

・・・・・

そして北朝に対する認識について
>>762 のコメントに
>針原さんは北朝も正統だという考えなんですね。
とありますが
>>759 で、私は北朝の歴代天皇を「正統ではないけれどもニセモノでもない」
つまり北朝は「正統ではない」と明記しています。
しかしながら「ニセモノでもない」というのが私の認識です。

そもそも、南北朝正閏論は、どちらか一方を正統と決めるだけであって
他方をニセモノとして排除するものではないものと理解しています。

正閏論の「閏」という文字は
4年に1度の「閏年(うるうどし)」という言葉に用いられますが
これは「余りもの」を意味する文字なのだそうです。

閏年における2月29日を「閏日」といいますが
通常1年365日のところ、2月29日はその365日に含まれていない「余りもの」です。

では、2月29日という日は、本来存在すべきではないニセモノの日かといえば
そんなことはなく、2月29日もれっきとした1日です。

同様に、北朝の天皇も、正統な天皇ではないとされているものの
けっしてニセモノではなく、れっきとした天皇だというのが私の認識です。

・・・・・

そして、北朝は南北朝合一以降一貫してそのような「余りもの」扱いだったわけではなく
逆に、長らく北朝こそが正統とされていました。
そもそも現在に続く皇統は北朝の系統だということもあって
北朝を正統とするのが自然な流れだったのでしょうね。

その後、南朝正統論を奉じる維新志士たちが政権の座についた明治時代になっても
ガラッと南朝正統論に転換したわけではなく
冒頭の写真のように(ちょっと見づらいですが)
国史の教科書にも、南朝と北朝とが併記されていました。

ところが、明治44(1911)年に
万世一系の観点から「両統の並立を認めるべきではない」という声があがって
この問題が帝国議会で与野党間の政治問題にまで発展してしまい
最終的に、南朝を正統とすることで決着が図られました。

臣下の分際で天皇の正統性を政争の具にすること自体、不敬極まりないと思うのですが
ともあれ、南朝が正式に正統とされたのはこれ以降であって
皇室の長い歴史からすれば、ごく最近のことといえるでしょう。

・・・・・

そして、そんなふうに
「天皇は万世一系であるべきなのだから、これまでもずっと一系だったことにしよう」
という姿勢が適切なものかといえば、私はけっしてそうは思いません。

不愉快な喩えで恐縮ですが、それこそ
「こうであったと信じたい」という願望を、「こうであった」という「史実」ということにしてしまう
某近隣諸国と同じ姿勢といえるのではないでしょうか。

「〇〇であるべき or 〇〇であるべきではない」というのと
「〇〇であった or 〇〇ではなかった」というのとは
あくまでも分けて考えるべきです。

>天皇が日本に二人同時にいるのはおかしいと思います。
というのは、まさにおっしゃる通りで
天皇はわが国にただお一人で「あるべき」です。

とはいえ、過去に、ともに天皇を戴く南朝と北朝という二つの勢力が「あった」のは
今さら変えることなどできない、まぎれもない歴史的事実です。

「歴史は国民の物語である」なんてことも言われますけれども
だからといって、たしかに存在した歴史的事実を「なかったことにしよう」というのは
某近隣諸国がさかんに行っている「歴史の改竄」にほかならないのではないでしょうか。

以上から、私見としては
北朝の歴代天皇も、正統の天皇ではないにせよ、まぎれもなく天皇であるのに違いはなく
かつて日本に二人の天皇が存在する時代があったことは認めるべきではなかろうかと考えます。


新着順:8/568


お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.