日本をまもる会 掲示板

この掲示板は、基本的には思想信条を問わず自由闊達な意見交換の場にしたいと考えております。ただし、過激な言葉による誹謗中傷などのコメントについては、当会ならびに当掲示板の品性を貶めるものとみなし、管理者の判断において削除させていただきます。品格と教養の高い日本人としての矜持を以て節度ある書き込みをお願い申し上げます。



カテゴリ:[ その他 ] キーワード: 日本 政治 愛国


新着順:92/657


[769] 火の本乙女様、針原様

投稿者: 伊那 投稿日:2019年12月 5日(木)08時23分12秒   通報   返信・引用   編集済

横から失礼します

>光格天皇による『光格天皇宸翰南無阿弥陀仏』の奥書には

あの偉大な『光格天皇様』をお知りになられているとは思いませんでした
さすが、針原様 というべきですね
自分自身も、日本史の中の皇室関係の中では『後三条天皇様』『後醍醐天皇様』とともに
大変尊敬している一人でもあるので、その名前が出た事は本当に嬉しい限りです

かの御方がおられたからこそ、栄えある明治の代を迎える事が出来た
まさしく稀代の英傑と断言しても良い御方でした

さて、この議論を冷静に見た時、お二人とも何か勘違いをしておられるのではないか? と
そう思わざるをえません

>逆に、長らく北朝こそが正統とされていました。
>長らく北朝が正統だったという理論もおかしいと思います。(べき論)

日本の歴史を「どちらを中心として見るか?」によるものではないか?と思うわけです

そしてその中心点を「天皇・朝廷を中心として見る」という事が本質的に正しいのか?
そこの所をもう一度再考したほうが良いのでは?

例えば今現在、日本の正史として『昭和天皇紀』が著述されている事実をもってしても
戦後だけを見ても、『昭和天皇様』を中心として見るよりかは
あるいは「吉田 茂」を、あるいは「田中 角栄」を、中心として見る方がより自然に近いと思います
まあそれでも『昭和天皇紀』という『国史』を宮内庁が編纂出来ている時点で
『昭和天皇様』を中心として見る事には無理が無いと言えるでしょう

しかし、では歴史上ではどうだろうか? というと微妙ですね
『六国史』はご存知でしょうか? 『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』と
『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』の合計六冊を指す言葉です
これらは朝廷によって編纂されました

その他に『準国史』として『鏡シリーズ』があります。別名『四鏡』とも言われております
これらは朝廷が『国史』として編纂していますので、「天皇中心」「朝廷中心」の歴史と言えます

ですが鎌倉時代になると様相が変わります
年号や改暦権こそ「天皇・朝廷」が握っていましたが、針原様がおっしゃっておられるように
政治は全て武家がおこない、国史の編纂も『東鑑』以来武家がおこなっていました
つまり「天皇・朝廷」は国史の編纂能力を失っていたのです
それは依然国家元首としての体裁は保てたものの、国史を司る権利を放棄しています

であるならば、日本の歴史の中心点とはどこにあるのだろうか?
日本の歴史を読み解くに、所謂公式な歴史書は何を用いればよいのだろうか?
そこを考えた場合、やはり武家政権の手による書が妥当であり、また学会もその様に捉えています

さて我が国にはかつて『江戸幕府』が存在していました
そして江戸幕府の手によって編纂された正史が『徳川実記』であり
また私撰ではあるものの幕府からも明治政府からも正史と同列として認められたのが
『徳川 光圀』の手による『大日本史』であります
儒学者の「林 羅山親子」による『本朝通鑑』は幕府からだけですが

あ、つっこみが来る前に訂正を。本来は『徳川実紀』であるのですが
やはり臣下にすぎない者に『紀』とつけるのはおこがましい限りですので
あえて国史大系に順じて『記』とつけます

さて、「東照宮御実記」では、先祖については「新田 義貞」に付き随って南朝に仕えたとありますね
『本朝通鑑』は「南北朝併記」ですが、基本的に「北朝正統論」を採用しております
では『大日本史』はどうか?『大日本史』では『後小松天皇』については
『後亀山天皇』から譲位された、という形になっており、刊行に関して議論がありましたが幕府が強行しました

つまり、針原さん の「北朝正統論」が長いという説明は正しい物であり
かつ、江戸時代は「南北朝正閏論並立状態」も長く続いていた、という事実もまたあると言えるでしょう
火の本乙女さん の言い分が間違いということがここから伺えます。が、


そもそも最初に言ったように、お二人はそれぞれ基本的な認識が違うと思っています
政権を運営する力を武家に奪われ、さらに国史編纂能力も無い時点で
天皇の意思を中心として捉え、それがイコール国史であると考えているのは違うのではないでしょうか?

『本朝皇胤紹運録』は年齢も『日本書紀』とも合わない、いわば個人的な駄文に属する物です
お隣の中国でも個人的な「実録」を正式に正史とは認めていませんでした

我が国は「天皇陛下=日本国」であるかも知れませんが、それは絶対的な物であると思うならば間違いです
個人と公は明確に別けてしかるべき話と思うわけなんですよ


新着順:92/657


お知らせ · よくある質問(FAQ) · お問合せ窓口 · teacup.レンタル掲示板

© GMO Media, Inc.