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[801] コロナから見る民主主義の弱体化

投稿者: 呂泊氷 投稿日:2020年 4月14日(火)17時23分0秒   通報   返信・引用   編集済

コロナから見る民主主義の弱体化


コロナウイルス流行が始まってから5ヶ月の今(2020年4月14日)世界中の感染者は190万を突破、死者は11.7万に上った。中国の感染者数は2月末で抑制でき(急増が止め、横ばいに)、今の時点で累計感染者数は8.3万、死者は3351人だ。一方、世界中の各国で感染者数が拡大していく傾向が止まらず、未だに収束が見えない状況だ。特に米国で感染者が58万突破し、未だに感染者数が増大する一方で、いつ横ばいになるかも予想し難く、収束は予想できない。
そんな中で中国の隠蔽で感染が世界中に拡大したとして、中国に賠償を請求する声が上がっている。この件を別にして、そもそも例え今回の大流行は中国で初発生でなく他の国で始まるとしても、震源地の国で封じ込み世界への拡大を阻止することが可能なのか、各国の対応失敗に自身の体制上の要因はないか、その要因は具体に何か。他人のせいにして自分の失敗を隠すより、自身の要因を極めて、対応策を再検討し、まず今の感染拡大を止めて更に今後の対策を立てるのはより急務ではないか。


コロナのこれまでの経緯

 これまでのコロナの情報を時系列に整理する。
 初めての患者は2019年12月1日で発覚されたと言われる。コロナの感染による肺炎は12月8日に初発覚、12月末の時点で患者数が27人(武漢市の報告)。
2020年1月2日、コロナウイルスの正体が判明された。1月3日、中国からWHOや周辺国へウイルスについて報告。1月13日 タイで初めて中国以外で患者を発覚、1月16日、日本で初めての患者を発覚。
日本の初の患者発覚の一週間後、1月23日武漢はロックダウン、春節の連休が開始、中国のコロナ抗戦が始まる。2月10日、中国各地でコロナが沈静化し一部の工場や営業施設が再開。
3月1日 武漢のコロナ感染者数増加が沈静化し、感染者数は横ばいに。

2月上旬から中旬 韓国でコロナ爆発開始
2月末 イランでコロナ爆発開始
3月上旬 イタリアでコロナ爆発開始、その後欧州で急速感染拡大
3月中旬から下旬にかけて 米国でコロナ感染爆発開始(1月20日 初めての感染者発覚)


中国人の入国制限措置
2月1日 オーストラリアは中国人入国禁止
2月1日 日本は武漢滞在歴のある人を入国禁止
2月2日 米国は中国人入国を禁止
2月4日 韓国は湖北滞在歴の人の入国禁止

武漢は1月23日封鎖から 3月初頭まで40日間でようやく沈静化ができて、感染急増を歯止めできた。そして、封鎖解除は更に40日ほどかかり、4月8日に実現できた。コロナの影響で湖北省の経済活動は2ヶ月以上止まった。今再開したが、依然として感染の危険性はゼロではない。
湖北以外で中国全体は1月23日から封鎖が始まり、2月10日一部工場や施設解除まで20日間ウイルスを封じ込もうとした。


中国の教訓

中国の経験は二つの教訓を提示した。
① 中国湖北以外で感染者が少ない段階で20日間経済活動を停止すればウイルスを封じ込むことができる。経済損失は20日間。
② 湖北、特に武漢で感染が爆発しすぐに封じ込むことができず、この場合、強硬な封鎖措置をとり、全中国の医療関係者を集めて湖北へ送り、震源地の各行政や経済資源を集中してウイルスと戦っても沈静化(感染スピードが落ち、感染者数は横ばいに)が40日間かかり、勝利(新規感染者がほぼなくなり、経済活動を再開できる)までは2ヶ月以上かかる。経済損失はおよそ70日間。

武漢閉鎖、湖北閉鎖、中国閉鎖、数万人の感染者数、武漢当初の混乱、死者の続出、これらを見て、このウイルスは通常の手段で歯止めできず、国レベルの強硬な措置を取らない限り、感染が拡大していく一途に辿り、収束は更に難しくなり、代償は拡大していく一方になると、世界中の多くの人、特に医療関係者が今年2月3月の段階で思いついただろう。


経済と人命のバランス

だが、早い段階の強硬措置を取れば経済損失が甚大。
一般人にとってまず自分の利益を考える。経済がストップすると自分が損する。ウイルスなんか、自分に遠く、自分の国で爆発しないだろうと思い込んで(ただの希望だろう)、早い段階で強硬措置を取る国のリーダーを支持できない。感染者がまだ少ない段階で予防措置をしっかり取ることは、リーダーが経済の損失や国民の反対で決断できない。
感染病の封じ込めには経済発展と人命のバランス計算がある。このバランスを考えず、経済だけ注目しても、中国、武漢や欧米の経験を見ると、ウイルスを無視し経済活動を続ければ、感染が爆発、医療が大混乱、死者が急増、経済活動が長期ストップ…結果的に経済損失は早期にしっかり予防措置を取ることによる損失を大きく上回るだろう。


なぜ中国以外で封じ込むことができなかった

ウイルスが爆発的に感染拡大すると、医療現場が大混乱、死者が急増、経済活動が停止する。すると、民間の不満が噴出する。中国湖北や武漢が封鎖し始めた頃も医療混乱、死者急増、感染者診断や治療が対応できないことで現地の人々から不満が強かった。そのような情報が各地に拡散し、国外では更に広く報道され、他人事として、中国の封鎖は人権侵害など、批判的な見方が普遍的だっただろう。
しかし、今中国のウイルス抗戦の収束や諸外国の感染拡大による混乱拡大、この対比を見て、当初不満だった中国人はむしろ自国の対応を賞賛するようになった。何より、結果として中国は少ない代償でコロナウイルスを封じ込み、これからの局面を迎えることができたのだ。無論、コロナの本当の収束は特効治療薬やワクチンの投与が不可欠で、今後も中国で再度感染拡大するのは不可能ではない。
人間は本当の危機が来ない限り、しっかり予防措置を取ることはできない。この場合、政府の対応が問われる。楽観的な無責任の民意を押さえ付けて、科学的な根拠に基づいて事前にしっかり対応し全国民の危機を回避するのは最善だ。が、可能なのか。
本来、震源地として、中国は参考できる先例はなく、自分で模索するしかない。ウイルス抑制は一番難しいはず。しかし、中国は成功した。
諸外国は中国の先例を見て、武漢、湖北、中国全体の閉鎖の時間を利用し、しっかり対応策を講じ、対応措置をしっかり取る時間があったが、ほとんどの国は失敗した。中国責任論やWHOの中国寄せはよく口実として挙げられるが、武漢閉鎖の時の現地の状況を中国のメディアからの報道だけ見ても、このウイルスの怖さを知ることができるだろう。
このウイルスは初めては中国ではなく、外国で発生するとしたら、果たして、その国で封じ込むことができるか。
例えば、日本で初めて発生したとする。日本は速やかに検査研究し、ウイルスの正体を判明するとする。この状況でも日本はすぐに全国封鎖し、このウイルスが絶対外国へ拡散しないよう封じ込むことができるか。やはり感染拡大が制御不可能までになる時しか強硬措置を取らないだろう。この長い時間の中でウイルスが世界への拡大を阻止することが可能なのか。
根本的に今の時点で判明したのだが、このウイルスは感染性が強すぎて、軽症や無症状の感染者が多く、致死率が高い。封じ込むことはほぼ不可能だ。


アジアは特異なのか

ここでいうアジアは東アジアと東南アジアを指す。
コロナウイルスは中国で爆発以来、韓国、イラン、イタリア、ヨーロッパ、米国、世界各地という順で、次第に急増段階に入り、拡大してきた。しかし、アジアで中国と韓国はうまく制御できて、他の国も未だ割と静かだ。中国に近いにも関わらず、感染拡大が緩やかだ。むしろ、中国に遠い所で感染が急増中だ。こう見てきて、アジアは特異のようだ。特に、日本において、検査不徹底と言われるが、最近まで感染拡大がとても緩やかだった。これは日本人の社交や衛生の慣習のお陰だと言われる。真相は医療関係者の解明が必要だが、私は概ねに上記の意見を賛成する。最近、東京を始め、日本も割と強い措置を続々と取るようになった。これからしばらくは感染者増加が加速するかもしれませんが、欧米と比べて、速やかに徐々に静かに沈静化に向かう可能性がある。これは根拠はあまりなく、これまでの経緯を見て感じたものだ。


歴史が終わったか

冷戦の終結に伴い、民主主義の勝利論が大いに広がった。1989年に発表されたフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』はその象徴。これからの世界は自由、民主主義に結束するという楽観論が盛んだ。
しかし、まもなくイラク戦争を始め中東地域の戦争混乱は加速し、未だに収束は見えない。同時に、欧米や日本で高齢化が進み、各国の年金や財政状況がますます悪化してきた。経済の悪化に伴って、トランプに代表されるポピュリズム(大衆主義)が台頭し、反知性主義が広がる。中東地域の民主主義の拡大は見えず、むしろ混乱する一方だ。民主主義勢力が拡大し勝利に向かうと言えない状況だろう。
世界は自分の利益を優先する人々から構成され、各国もまず自国の利益を考える。各国の利益調整や争いは絶えることはなく、これからも続くだろう。こういう意味で歴史は終わることはないだろう。

年金や国債を見てみよう。
イタリア、日本を始め、先進国の多くは高齢化が進み、莫大な国債を発行している。これは明らかに持続可能ではない。だが、今の人々の利益を優先して、子孫の利益を無視するしかない。この問題は爆発しない限り、これからも続くだろう。しかし、金額が膨らんでいく中、いつか必ず爆発するだろう。でも未来の危機より今のいい生活が優先されているだろう。
 この状況が発生するのは政治家の無責任より民主主義の体制がこの結果を生んだのではないか。政治家は国民の意思を甘やかすしかないのではないか。国民全体の意思は必ず正しいとは言えないのではないか。
アメリカが発動している中東やアフガニスタンの戦争や混乱は中東の民主化のためと言われるが、結果はどうか。当初の希望は正しくても混乱が拡大していく一方だ。どんなに悪い秩序でもないよりあったほうがいい。陰謀論からみて、米国の国防工業などの利益関連者が一番利益を得たとし、これらの戦争や混乱はこれらの利益関係者の推し進めから発生したと解釈する者もいる
前述のように民主主義は自国民の利益を最大化し、自国民の悪性も最大化できる。自国が民主主義だから自国のあらゆる行動や施策が正義に合い、合理的とは限らない。
民主主義は自国民の権利保障において明らかに優位性がある。これ以外、民主主義は全国民の悪性の集大成にもなりうる。
要は民主主義は手段で目的ではなく、必ずいい結果になると意味するというわけでもない。民主主義自体は自国や自国民が天然に道徳の頂点に立って(自分が最善)、非民主主義の一切を否定できると意味するものでもない。
更に言えば、民主主義は全国民の意思のまとめで、全国民の善意のまとめになれるが、全国民の悪意も集結できる。政治家は自分の利益のため国民に悪意に扇動したりすることもありうる。
悲観的に言えば、国際政治において、現実的に正義より実力によるもののでは。ただ現代で大国はお互いに抑制力があり、国際政治の中で、戦争よりお互いに譲り合い、力により調整の歩調を歩むしかない。
そもそも性悪説に基づく民主主義は天然に最善へ繋げる理屈があるか。
民主主義だからといって自国は道徳の頂点に立って最善だと言う自信はどこからくるなのか。


大衆主義VSエリート主義

 欧米でポピュリズム主義が台頭している。この見方は社会下層の人々を重視し、下層の人々の要望を積極的に応えるとされる。しかし、下層の人々は生活が貧しいから天然的に正しいのか。下層の利益を重視すると同時に、先進的なものを無視して、社会の進歩を阻害する可能性はないか。下層の利益を優先すると同時に下層の悪も最大化する可能性はないか。
 一方中国はエリート主義を徹底していると言われる。そしてシンガポールはその代表例だとも見られる。ここで問題なのはエリートたちは自分の利益を最大化して、他の階層の利益を損するところだ。エリートたちを全国民の利益のため行動させるのは簡単なものではない。制度や歴史遺産(ルート)、思想の面での工夫が不可欠だ。
 これに対し、私は結論を出せない。ただ、一例を見て、ある程度のまとめができるようだ。銀行などの金融機関はどの国においても絶大な権力を持っていて、自分の利益を損する物事が社会から出てきたら、強い反撃ができる。スマホ決済は伝統の銀行に対して大いに脅威になる。中国では銀行はほぼ反撃できず、スマホ決済の拡大が一途に辿っている。つまり、中国政府は少なくともこの件において、金融機関の立場に立っておらず、社会の進歩を目指して、スマホ決済の発展を見守ってきたと言えるだろう。一方日本ではスマホ決済はあまり進まないようだ。もちろん、日本人独自の習慣でスマホ決済の発展を遅れさせたというような説が聞いたことがあるが、これは本当なのか。
 一般人よりエリートたちは社会全体の利益に立てば、より合理的な施策を制作できるだろう。


 主義より問題に

 中国の胡適(胡適之ともいう)という学者は日本であまり知られないだろう。20世紀中国の自由主義の学者だった。1910年代、中国で伝統皇帝統治の崩壊に伴い、これから中国がどこへ向かうかは盛んに議論された。色々な主義は伝来し議論された。これらの主義の一つは中国の未来だと信じられた。そんな中、胡適は「主義を少なめに問題を大いに検討せよ」という文章を発表した。趣旨は下記のとおりだ。
① 主義(資本主義、民主主義、社会主義、無政府主義等)の議論が簡単で、誰でもできる
② よそから伝来の主義をただで議論するのは実際の社会において役に立たない。伝来の主義はその国の状況に合わせて実践されまとめられたもので、その国の状況に合うが、必ずしも中国に合うとは限らない。今ただで何々主義の議論に夢中すれば、医学生のように病気の症状や治療法を暗記すると同様、本当の患者の診断や治療を研究するのがもっと急務だ。
③ 安易に何々主義を救世主と見なし、現実の問題を実際に研究せず、こうなると政治家に利用されやすい。(騙されやすい)

 100年前の文章だが、今の世界にも通用できるのでは。安易に民主主義だから、自国の全てが完璧、自分の不幸は独裁主義国のせいだと思い込んだらどうなるか。自分の革新力を失うだけのでは。
 人間は自分が他の人より高尚だと信じたい。道徳の頂点に立て、他人を批判するのは快適だ。しかし、自分は本当に高尚なのか、疑問視、慎重に自省すべきではないか。
 中国は社会主義の代表だと言われる。しかし、一言社会主義といってもいろいろなタイプがあるだろう。そして、本日の中国の社会主義は昔と随分違うだろう。今の中国は伝統の儒家思想、法家思想、社会主義の一部の理念、資本主義の一部の理念、自由民主主義の一部の理念の統合体であろう。社会主義という一言で統括できないね。そして、当初伝統社会に対して猛烈な破壊があったものの、伝統の要素を残しつつ、新たな要素を取り入れて、本日の中国が成り立ったのでは。
 世界が絶えずに進んでいくのは確実だ。完璧な制度がないのも本当だろうか。誰でもいつも優位性を保つこともできない。どんなに素晴らしい概念にも拘れず、具体な問題に対し、安易に他人のせいにするより、自分の問題をしっかり検討し、対応策を講ずることこそ本当の素晴らしい未来につながるのではないか。

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