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[847] 女系天皇を考える上で

投稿者: 大村 万集 投稿日:2020年 9月21日(月)12時59分33秒   通報   返信・引用

 少し前になりますが、保守派に人気の河野太郎氏が女系天皇容認発言で話題となりました。

 私は皇位継承は男系であるべきだと考えていますが、皆が女系天皇の意味をきちんと理解した上でそれを容認するなら反対はしません(本当は皇室内でお決めになられるのが一番良いと思うのですが‥)。しかし、いろいろなアンケートを見るにつけ、概ね国民の半分くらいが女系天皇の意味を理解していないことに不安を覚えます。

 大東亜青年塾でも名誉塾長の小林よしのり先生は女系容認派ですが、小林先生はそれまでとても論理的だったのに、この問題に関して急に論理も議論の姿勢もおかしくなってしまわれてとても残念に思うところです。

 さて、現在の状況で皇統を維持するためには大きく言えば女系容認と旧皇族復活に分かれますが、皇室には「男系」ということと、「君臣の別をはっきりさせる」という決まりがあります。女系天皇容認は前者に、旧皇族復活は後者に抵触することになります。

 ではこの両者はともに前例が無いのでしょうか?
 保守派の中にも両者前例が無いと思っておられる方が多いようですが、実は女系天皇は前例が無いものの、臣籍降下した旧皇族が天皇になられた例は過去にあるのです。

 それは第59代の宇多天皇と60代の醍醐天皇です。
 時代は藤原摂関政治の頃で、第58代の光孝天皇は即位の可能性が低かったのですが、時の権力者藤原基経の後押しで天皇に即位することが出来ました。
 基経に恩義を感じられた光孝天皇は、基経の外孫である貞保親王が次の天皇になりやすいようにと、ご自分のお子様を全て臣籍降下させました。
 ところが結局貞保親王は即位されず、光孝天皇の臣籍降下したお子様の一人である定省皇子が皇籍復帰され宇多天皇となられたのです。宇多天皇は臣籍降下されていた時は源姓を名乗っておられました。
 そして第60代の醍醐天皇ですが、こちらは宇多天皇のお子様で、宇多天皇が臣籍降下中に誕生されました。つまり、生まれた時から臣籍であり、姓を持っておられたのです。
 わずか2例ではありますが皇籍復帰された方はこのようにおいでなのです。
 一方、女性天皇は日本の歴史において10代、8人おわしますが、皇族の子を御生みになったか、あるいは生涯独身をつらぬかれた方ばかりです。
 小林先生が女系の例だと主張される女性天皇の元明天皇、元正天皇は親子であり、元正天皇は女系天皇と言っても間違いではありませんが、男系でもきちんと皇室の血がつながっているお方です(父は草壁皇子。祖父は天武天皇)。女系だけでつながっておられて男系のつながりが無い天皇は歴史上一人もおられません。

 私自身もまだ知らない事は多いのですが、ここであげた事実は皇室の今後を考える上で最低限必要な知識ではないでしょうか?
こういったことをもっと国民が知った上でこの問題が議論出来れば良いと思います。


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